そんな事…

〈アオシ視点〉










最後のお参り先が

キャンセルとなり予定よりも早めに寺に帰ると

夢乃が縁側で膝を曲げて何かをしているのが見えた





( ・・・何してんだ… )





足音を消してゆっくりと近づいて行くと

俺に気付いた鶏が駆け寄ってきた






「へっ??…おっ…おじさんッ!?」






鶏の方に顔を向けて

振り返った夢乃は俺を見ると

慌てた様に自分の足元に手を当てて

何かを隠そうとしているが…





アオシ「・・・お前…また… 」





どんなに手を広げて隠そうとしても

夢乃の小さな手では隠しきれず

足袋を履いて…オヤジの草履ぞうりに勝手に

足を通しているのが見えていた…





アオシ「お袋からまたしぼられるぞ…」





「・・・だって…お父さんのしかなかったんだもん… 」





今度はどんなバカな事を企んでるんだと

呆れながら縁側へと腰を降ろし

足元にいる鶏に「アッチで遊んでろ」と

古屋を指差すが右へ左へと歩いて

俺の足横から離れようとはしない





( ・・・コイツもそっくりだな… )





前の鶏も夢乃に似ていると感じていたが

今足の下で忙しなく動いているこの鶏も

聞き分けのない所なんかが

夢乃にそっくりだなと思いながら見下ろした…






アオシ「はぁ…お袋から見られる前にさっさと脱げ…」

   




「じゃあ、おじさんの貸して」





そう言うと俺の隣に座り

オヤジの草履からパックと足を引き抜き

足袋を履いた足を宙に浮かせて

「早く!」と袖を引っ張っている…




片足の草履を脱いでやると

夢乃は足を伸ばして

俺の草履に足を通し

何が面白いのかニコニコと笑っていて

「もう片方も!」と足をパシパシと叩いてきた





アオシ「・・・・・・」





軽く舌打ちをしながら

もう片方の草履も脱ぎ

足を縁側したの石に乗せると

両足に俺の草履を履いた夢乃が

パッと立ち上がって縁側前の庭を

ペタペタと歩き回り

「滑るね」と足袋に目を向けている






アオシ「サイズが合わねぇからだろ」





「おじさんは滑らない?」





アオシ「毎日履いてれば慣れる」






夢乃は俺の言葉を聞くと

膝を曲げて座り

足袋を触りながら「へぇ…」と呟いていて

普段履く機会のあまりない

足袋や草履が珍しいのかと思い

夢乃を見ていると

物干し竿に干されている

足袋が風に揺れているのが目に入り

毎日毎日俺やオヤジの足袋を

手洗いしている夢乃にもう一度顔を向けた





( ・・・・3ヶ月位か… )





最初は直ぐに飽きて辞めるだろうと思っていたが

正月の帰省していた時期以外は

ほぼ毎日庭で足袋を洗い干している…




俺が買ってやったゴム手袋も

足袋の隣りに干されていて

夢乃が居なくなった春以降は

お袋が使う事になるだろうなと考えていると





「もうッ!ピーコ!!」





俺の足元にいた筈の鶏は

夢乃が履いている草履を突こうとしていて

「ダメよ」と叱りながら

抜けそうになる草履を履いたまま

台所へと入っていき

何かを握って帰ってきた






「言う事は聞かないくせに腹時計は正確なんだから…」






そう言って手に握っていた

トウモロコシを縁側の前の広場に置いてやると

鶏は直ぐに大人しくなり

トウモロコシを突き出し

「オヤツの時間が分かるみたいなの」と

笑って見ている夢乃に「はぁ…」とタメ息が出た






アオシ「鶏に3時のオヤツがあんのか?」






「・・・ピーコはまだ子供だし…

  夜は古屋に閉じ込めなきゃいけないし…」






アオシ「・・・・・・」







トウモロコシを機嫌良く食べている鶏は

夢乃が買い出しに行った時や

夜になると古屋に入れられていて

夢乃はそれを可哀想だと感じている様だが…






( ・・・普通…そうだろ… )






アオシ「・・・可哀想…か?」





鶏を〝鶏〟と見ていない

夢乃ならではの考えた方に

目を細めて呆れていると

顔をコッチに向けた夢乃が

口をもぞっと動かした後にスッと立ち上がって

俺の前へと歩いて来た






アオシ「・・・菓子なんて持ってねぇぞ?」






以前一度だけ買って帰って来てやった菓子を

またねだっているのかと思い

何も持っていないと伝えると

唇を尖らせ「違うもん…」と

拗ねた顔をしながら

俺の肩に手を置いてきて

夢乃が何をしようとしているのかが分かり…






アオシ「・・・・・・」






「・・・・・・」






夢乃の額に人差し指を当てて

グッと後ろに押しやると

尖った唇は更に突き出て

赤くなった顔を隠す様に

パッと背を向けて

鶏の側に膝を曲げて座っている…






アオシ「・・・寺だぞ?」





「・・・・・・」






背を向けたままの夢乃の表情は見えないが

ここから見えている耳は真っ赤になっていて

多分恥ずかしさと…






( ・・・むくれたか… )







〝寺〟と言ってもここは母屋だし

そう言う事をしてはいけないなんて

決まり事はねぇ…






( ・・・・・・ )






だが、いつお袋やオヤジが来るか分からない

こんな所でをする気はない…






アオシ「ちゃんと草履戻しておけよ」






砂のついた足袋を脱いで

足を上げて部屋に入ると

居間にかけられたカレンダーが目に入り

あと数週間程で俺は31歳になり

この寺の住職になる…






( ・・・・・・ )






顔をずらして庭先に向けると

まだ耳を赤くして不貞腐れている夢乃に

「ふっ…」と小さく笑い

自分の部屋へと歩いて行った












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