衣装…

〈ユメノ視点〉










「そこにおじさんが現れてパル…

 パルなんとかって、あのカクテルの名前を言ったの」






草をブンブンと振って

ピーコに昨日の話をしても

足元の草をつついて興味なさげにしていて…






「ピーコにはまだ早いか…」






ご飯とおじさんにしか反応しない

まだまだ子供盛りのピーコには

恋バナは分からないかなと思い

ニーコの方へと顔を向け

「それでね…」と続きを話した





「・・・おじさん…離れなかったの…」







膝に顎乗せて

ニーコの名前の書かれた蒲鉾かまぼこ板を眺めながら

そっと自分の唇へと指を当てた…





( ・・・・・・ )






おじさんは…離れずに…

目を閉じて私のキスを受け入れた…






「・・・・前とは…違った… 」






数ヶ月前にあの公園でしたキスとは…

何もかもが違った…






( ・・・・・・ )






10数時間前のキスを

思い出しながら口の端を上げて

「ふふ…」と笑っていると

縁側に置いたままのスマホから

通知音が聞こえ

誰だろうと立ち上がって

スマホを手に取り

画面を見た瞬間に

上がっていた口の端が下がっていった…





【 あと1ヶ月 】





麻梨子からのLINEには

私とおじさんの約束の日が

あと1ヶ月になった事を知らせる…

忠告する様な5文字が送られてきていた…





「1ヶ月後か…」





縁側から身を乗り出して

居間に飾られている

あと1日で終わる2月のカレンダーに目を向けた





1ヶ月後の3月27日は

おじさんの31歳の誕生日で

正式にこのお寺の住職となる日だ…






「・・・なんで28日までなのよ… 」






学生の頃は

早く春休みが来てほしいからと…

一年前の社会人の頃は

早く給料日が来てほしいからと…

28日までの2月が嬉しかった筈なのに

今年は喜べなかった…





( ・・・延長とか…ないのかな… )





住職になって直ぐは

忙しいと言っていたし

家事をするだけの私でも…

いた方がお母さんも楽なんじゃ…





母「夢乃さん」





顔を向けるとお寺の方から

何かを持って歩いて来るお母さんの姿があり

駆け寄ってお母さんの手にある物を支えると

成人式の着物をしまう時なんかに使う大きな紙で…





( ・・・着物? )





居間の横にある仏間に運ぶと

お母さんは紙を広げ出し

中から黒い着物が出てきた





( ・・・なんだろ…お母さんのかな… )





よく結婚式とかで

お母さん達が着ている様な黒い着物で…




天日干しでもするのかと思い眺めていると

「少し手直しが必要ね」と言って

着物を私に当ててきた






「えっ??わっ…私のなんですか??」





母「・・・1ヶ月後の就任式に着なさい」





「・・・就任式に?」





母「私も…私の母も…これを着て就任式に立ったわ」






そう言うと着物を手でスーッと優しく撫で

「もう32年も前だけれど」と

懐かしむ様に笑って着物を眺めていた…





ここのお寺はお母さんの実家だと言っていたし

お母さんのお母さん…

蒼紫おじさんのお婆さんの代から

この着物を着て住職の就任式に出ていたらしい






母「一緒に坊守の就任式もしていたのよ」





「えっ…」





普通は住職となる人に伴侶がいれば

一緒に坊守の就任式が執り行われるらしいけれど…

私はおじさんから何も言われていない…






母「夢乃さんの就任式は

  秋の彼岸会の時に執り行う予定だから

  蒼紫の就任式に普段着で出るわけにもいかないし…

  この着物を来て出なさい」





「・・・・・・」






私の就任式を秋にしている意味が分かり

さっきまでの淡い期待が薄れていった…






( ・・・本当に…サヨナラなんだ… )






顔を下に伏せ

膝の上にある自分の左手の薬指に目を向けて

あるはずの無い紫色の糸が見える様な気がした…






「・・・・・・」







母「ご両親へのご挨拶もまだだし

  きちんと結納と式を終えてからの方が

  いいだろうと、住職も納得されていたわ」






おじさんが私の両親と会う事も…

結納や式が執り行われる事はない…





マリコ「お芝居なの!」





ずっと聞こえていなかった

麻梨子の声がまた聞こえだし

あと1ヶ月しかないんだと

着る事のない着物を撫でていると

お母さんが立ち上がって

別の何かを取り出して来た





「・・・袈裟…ですよね?」





また新しい紙の包みを

開け出すのを横目で見ていると

中からは私が撫でている着物とは

違った素材の黒い着物が見えて

顔を寄せて眺めてみると袈裟だった





「・・・この袈裟…高そう…」






いつもの袈裟とは違って

艶も光沢も…明らかにいい物で…

思わず口から出た本音に

手を口に当ててチラッとお母さんを見ると

お母さんはいつもの小言は言わず

「蒼紫の就任式の袈裟よ」と言って

袈裟を広げて状態をチェックしていた





お母さんは…坊守で…

やっぱり、おじさんのお母さんなんだ…





私の着物の状態チェックは

1分も時間を取らなかったのに

おじさんの袈裟は念入りにチェックしていて

「ここ縫い直さないとダメね」と

ぶつぶつと呟いていた





( ・・・・・・ )





お母さんの手にある袈裟を見つめ

コレを着て大勢の前で住職となる日に

私はもう此処にはいないんだと思い

「あの…」とお母さんにあるお願いをした






「この袈裟の手直し…

  私にさせてもらえませんか?」







多分コレが…

坊守見習いとしての

最後の仕事になるから…











  

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