バレンタインデイ…
〈アオシ視点〉
紙袋を手に母屋へと歩いて行くと
庭先にいた鶏が駆け寄ってきた
アオシ「感がいいな
だが、お前の食えるもんじゃねぇぞ」
鶏が
紙袋を高く上げていると
鶏の鳴き声を聞いた夢乃が台所から顔をだし
「お帰りなさい」と笑いながら駆け寄ってきた
( ・・・やけに機嫌がいいな… )
朝の
夢乃の顔は笑っていて…
ダメだと言った事を守らなかったのかと思い
「お前…」と言いかけた瞬間
笑っていた顔は一気にムッとした表情となり
「ちょっと!」と指を差しながら近付いて来た
「
アオシ「・・・・・・」
夢乃の
俺の手にある紙袋の中身の様で
「はぁ…」とタメ息を吐き
「貰うのがOKなら私のも良かったじゃないのよ」と…
唇を突き出すだけでなく
頬を膨らませて怒っている…
アオシ「基本、
檀家連中も気を遣って配ってんだよ…」
2月14日なんて日にお参りに現れる俺に
気を遣って準備した事は明白で
正直コッチも申し訳ない気分だ…
「おじさんが若くてカッコイイから配るのよ!
去年までは持って帰って来てないって
お母さん言ってたもん!!」
アオシ「・・・・・・」
まるで
年寄りでカッコ良く無いとでも言うかの様な言葉に
呆れた目を夢乃に向けていると
「とにかく!
ザッ!和風なこのお寺に
バレンタインは関係ないんだから
今日は一口も食べないで!!」
アオシ「・・・・・・」
「ピーコ!
お寺の庭でお坊さんに遊んでもらってなさい」
嫌味の様に此処は寺だからと
強調した物言いをする夢乃に
可愛くねぇガキだなと思い腕を組んで
足元で鳴いている鶏に
「あぁ、なるなよ」と小さく呟き
「ちょっとチヤホヤされたら
直ぐにデレデレとしちゃって……フンッ!」
と言ってツカツカと台所へと戻る夢乃の後ろ姿に
「はぁ…」と息を溢し
「絶対に似るなよ」と再度鶏に釘をさした
夢乃の機嫌は夕飯になっても直ってなく
それどころか…
アオシ「・・・おい…」
食卓に並べられた皿の中身を見て
お茶を準備している夢乃に声をかけると
「腹八分が1番いいみたいよ」と
しれっとした顔をしている…
( 腹八分…もねぇだろ… )
米もおかずも…
いつもの半分の量しか茶碗に装われておらず
俺だけじゃなく全員分がそうなっていた
お袋に顔を向けると
いつもと変わらない表情で
「住職を呼んできます」と居間から出て行き
居間に現れた
風呂から上がり胃袋の軽い体に
「はぁ…」と疲れた息を溢し
水気のある髪をタオルで拭きながら
チラッと部屋の端に置いてある紙袋へと目を向け
更に「はぁ…」と息を吐いた…
あの紙袋の中には
昼間、麗子から渡された物も入っていて
シンッとした部屋の中で考え事をしていると
「おじさん」と夢乃の声がし
襖の方へと顔を向けるが
中々入って来ない夢乃に
「入れ」と言うと
「開けて」と甘える様な声をだしてきた
( ・・・さっきまでとはえらいな違いだな… )
面倒くせぇと思いながら
立ち上がって襖を開けると
おぼんを持った夢乃が立っていた
アオシ「・・・・・・」
夢乃は部屋の中に入ると手に持っているおぼんを
机の上へと置き「食べて」と
照れた様に笑っているが…
アオシ「・・・
「別に深い意味はないもーん」と言って
おぼんに乗せてきた
湯飲みにコポコポと湯気のたったお茶を注ぐと…
「はい!どぉーぞ!」と
茶の入った湯飲みを俺の前へと差し出して
「早く食べて」とニコニコと笑っているが…
アオシ「・・・・・・」
俺は夢乃から目の前にある皿へと目線を移し
目を細めてもう一度夢乃の方へと顔を向けた
「おじさん…
アオシ「・・・・・・」
夢乃が俺に食えと持って来たのは
アオシ「・・・・・・」
俺の知っているおはぎの形とはだいぶ違い…
呆れながら「作ったんだよな?」と問いかけると
照れた表情で「うん」と笑う夢乃に
「お袋がよく許したな」と
皿の上にあるハート型をしたおはぎに目を向けた
「別に丸じゃなきゃダメなんて決まりはないし…
おはぎを作りたいって言った時も
あっさり許してくれて
作り方も教えてくれたわよ?」
アオシ「・・・・・・」
カレンダーを眺めていた夢乃が
バレンタインである今日…
またチョコレート作りなんて事をしだして
お袋から小言を言われるんじゃないかと思い
「何もするな」と釘をさしておいたが…
( ・・・・・・ )
僧侶である俺たちに
他宗教ゆらいのバレンタインを祝う習慣はなく…
檀家や周りから貰う事はあっても
この寺の中で作るなんて事はなかった
チョコレートの代わりに
何となく雰囲気の似た和菓子の餡をと
夢乃が考えた事は
お袋も…気付いた筈だ…
( だから夕飯の量に何も言わなかったのか… )
「見た目は不細工だけど…
味はお父さんも悪くないって言ってくれたし…」
アオシ「
いつまでも手に取ろうとしない俺に
夢乃が唇を尖らせながら発した言葉に驚いて
ハート型のおはぎを指さすと
「コレって…」と更に唇を突き出している
アオシ「この……普通じゃねぇ型のおはぎを見て
「普通じゃない型?・・・あぁ!
お父さんのはただの丸いヤツだったもの」
こんな変な形のおはぎを
眉を寄せるのが目に見え
夢乃の言葉に少しホッと自分がいた
「お父さんは、義理の義理だもん」
アオシ「・・・・・・」
「さっ!早く食べて!笑」
義理の義理と言う
夢乃の言葉を聞き…
この女はと呆れながら
奇妙な形をしたおはぎを手に取って食べた
「どう?美味しい??」
アオシ「・・・悪くねぇ…」
「・・・美味しいって言えないのは
蓬莱家の家訓か何かなわけ…」
俺の答えが不満だったのか
「どうぞ」と差し出した筈の湯飲みを手に取り
「フンッ…」と鼻を鳴らして
自分で飲み出した夢乃に「ふっ…」と笑いがでた
2月14日に、おはぎを食べたのも…
誰かが隣にいたのも始めてだった…
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