ピーコ

〈アオシ視点〉









鶏が居なくなってから数日経っても

墓の前には毎日線香が飾られていた





( 仏飯器はお袋から叱られたか? )






お参りへと行く前に

夢乃がニーコと書いた蒲鉾かまぼこ板を

眺めていると「もう行くの?」と

ガラス扉から夢乃が出てきた



 



アオシ「あぁ…餌はどうした?」





「・・・トウモロコシを置いてたら

  カラスが飛んで来るからやめなさいって…」




 


毎日の様に聞こえるカラスの鳴き声に

それもそうだなと思い

短くなっていっている線香に顔を戻した





( ・・・・・・ )






鶏が居なくなったあの日の朝…

行ってらっしゃいと手を振る

夢乃の腕に抱かれていたあの姿が

鶏を見た最後だった…





朝もちゃんと起きて

朝飯の準備をしているし

昼間もいつも通り

洗濯をしたり寺の掃除をしている…






「今日は天気いいみたいだし

   お布団でも干そうかな…」






空を見てそう呟き

物干し台の準備をしだしている

夢乃の背中を見ながら

「お昼はいつも縁側に座ってるわ」と

お袋から聞いた言葉を思い出した







( 涙は止まっても寂しさは変わらねぇだろうからな… )







アオシ「・・・行ってくる」





「行ってらっしゃい」






あの日以来、俺に「何時に帰る?」と

尋ねてくる事もなくなり

以前の様に不必要な買い出しに行く事もせず

敷地内で静かに過ごしている…






2軒目のお参りを終えて

商店街の中を歩いていると

オヤジの姿が見え

「なんで此処に…」と呟きながら近づいた







父「・・・いたのか…」





アオシ「此処で何を?」







オヤジが出て来たのは金物店で

お参りの予定もなく

何しに来たんだと思い問いかけると

「昼過ぎには行きますから」と

金物店の亭主の声が聞こえてきた






父「あぁ…お願いします」





アオシ「家に来るんですか?」





父「・・・柵をはったほうがいいだろう」





アオシ「・・・・・・」





父「一度味を覚えればまた来るからな…」






オヤジの言っている意味が分かり

「そうですね」と答え

夢乃とお袋しかいないあの家の庭に

また野犬が入って来ないよう

柵をつけた方がいい気がした…






父「寺で度々血が流れるわけにはいかない…」





アオシ「・・・・はい…」







オヤジの言う「度々」の意味も分かり

目を伏せて返事をした…




つまり…あの寺では

もう二度と動物を飼う事は無いと言う事だ…






( ・・・それが1番いい… )






命の宿る者を側に置くと言う事は

その命が尽きるその瞬間も見届ける事になる





もし、また夢乃が寂しく無い様にと

新しい生き物を連れ帰ったとして…

夢乃がいなくなる日まで

その命が保つという補償もない…






( ・・・そうなればまたアイツが悲しむ… )






ましてや…

夢乃があの寺にいるのも

あと2か月程度だ…




夢乃が居なくなった後の負担は

全部お袋にいくだろう…






アオシ「・・・・次のお参りがありますから」






そう言ってその場から離れて行き

次のお参り予定の満太朗の店へと足を向かわせ

扉を開けて声をかけると

「よぉ!」と満太朗が顔を出した







ミツタロウ「最近夢乃ちゃん

   コッチに出て来ないけど

   体調崩したか何かなのか?」







最近と言っても

鶏の餌を買いに来たのは5日前で

買い出しに行かなくなったのは

まだ3〜4日の話だ…






( 頻繁に買い出しに来ていたのか… )






何キロも離れたこの距離を毎日毎日

歩いて来ていたのかと少し呆れながら

鶏が居なくなった話をすると

満太朗は「ニーコが?」と恥ずかしげもなく

鶏の名前を口にしていて

少し眉を寄せた…






アオシ「よく覚えてるな…」






ミツタロウ「そりゃ…会うたびに

   鶏の写メを見せられたらな…笑」







満太朗にもあの鶏の

動画や写真を見せていたんだと知り

「悪い」と謝ると

満太朗は「変わってるよな」と笑い出した



 




ミツタロウ「最初はビックリしたけど

   ニーコの方も夢乃ちゃんに懐いてたみたいだし

   お互い…良い遊び相手だったのかもな?笑」







アオシ「・・・・・・」








昼間の寺には

お袋と夢乃だけになる事が多く…

あの二人が茶を飲みながら談笑する様な

間柄じゃない事は知っている…





きっと…

今までは布団を干している時や

庭で足袋を洗っている時にも…

夢乃の側にはあの鶏がいたんだろう…






「ニーコの事可愛い?」





アオシ「・・・何言ってんだ?」





「だって…ナデナデと…

 ずっと撫でてたじゃない!」





アオシ「・・・・・・」






鶏にヤキモチを妬いて

自分の頭を擦り付けてきていた夢乃を思い出し

呆れた目を向け「可愛い可愛い…」と

適当に答えると

夢乃は頬を膨らませて





「可愛がってもいいけど

 ニーコの保護者でもある私のご機嫌もとって!」






アオシ「・・・・・・」






訳の分からない事を言って

「私に似て可愛いでしょ?」と

俺の顔を覗き込んで笑っていた

夢乃の笑顔を思い出し

お参り後にあの…鳥屋へと再度足を運んだ…






アオシ「・・・はぁ…」






車から鳥の入った鳥籠を降ろし

オヤジが帰っているであろう

母屋に目を向けてタメ息を溢した…





( ・・・何やってんだ… )






そう思いながら車のドアを閉めて

籠の中で鳴き声を上げている鶏に目を向け

「仲良くしろよ」と声をかけながら

足を進めて行くと

蒲鉾板の前でまた線香をあげている

夢乃の姿があり

「一日何本あげてんだ」と声をかけた





「おかえ……えっ…」






夢乃は振り返って

俺の手にある鳥籠を見ると

目を丸くして固まり

「え?」と呟いている





アオシ「・・・もう忘れたのか…」





「・・・へっ?」






アオシ「・・・散々泣いてわめいてただろうが…」






そう言って鳥籠を夢乃の前へと置き

「薄情な奴だな」と言うと

夢乃は鳥籠の中にいる

数日前までこの庭にいた鶏よりも

うんと小さい鶏をジッと眺め

「ピーコ?」と俺を見上げて聞いてきた





アオシ「・・・そうだ…」





「・・・・・・」





夢乃は鳥籠の中にいる

せわしなく鳴いている鶏を見て

「ふふ…」と笑い

後ろにある鶏の墓に顔を向けると

「妹が出来たね…ニーコ」と言って

笑うその目は涙ぐんでいた





数ヶ月前にオヤジが鶏を連れ帰った意味が

俺はずっと分からなかった…





「大きくなったね、ピーコ…笑」






鳥籠から鶏を取り出して

暴れる鶏を「待って」と

追いかける夢乃を見ながら

泣き顔なんかじゃなく…

夢乃の笑った顔が

見たかったのかもしれないなと思った…






アオシ「・・・・・・」






縁側から腕を組んで

コッチを見ているオヤジに気付き

勝手に鶏を連れ帰った事に対して謝ろうと

縁側に近づいて行くと

「今度は古屋を準備してやりなさい」と言って

鶏を追いかけている夢乃をただ…見ていた…





























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