〈アオシ視点〉









鶏は…野犬か何かに襲われたのか

綺麗な亡骸なきがらではなかった…




「中に入っていろ」と言っても

「私のニーコだもんッ」と言い張る夢乃は…

俺が飛び散った亡骸を集めている間

口に手を当てて泣きながら

俺の袖を強く握りしめて…

最後まで隣りにいた…





( ・・・・・・ )





「一人ッ……したから…ッゴメン…ね…」






誰もいない家に放飼いの鶏を…1匹置いて

買い物に出た事を後悔している様で

ずっと「ゴメンね」と

謝る夢乃を横目で見ながら

俺は正直…

夢乃がいない時でよかったと思っていた…




ただの野良犬ではなく

森や山の中に住んでいる野犬であれば

それなりに狂暴で…

夢乃一人じゃ…

とても追い払える気がしなかったからだ…






( ・・・守っただろうからな… )





仮に今日…

夢乃が出掛けずに家にいて

鶏の鳴き声を聞いていたら

直ぐに外へと飛び出して行き

鶏を…守る気がした…





( ・・・死ぬ事はないだろうが… )





何処どこかしら噛まれて

夢乃の肌には傷が出来ていただろう…





「ニーコッ……んっ…」





アオシ「・・・・・・」






つい…1時間前までは

コイツに喰わせる餌を楽しそうに選んでいた

夢乃の顔は涙と鼻水で汚れていて…

「日々のお手入れが大事なんだから」と言って

自分の部屋で顔にパックを貼り付けている

普段の夢乃とはだいぶ違って見える…






( ・・・前に見た泣き顔とも違うな… )






夢乃の泣き顔は何度か見たが

今日ほど声を上げて

顔を崩して泣いている姿を見た事がなかった…





今回は自分の為の涙なんかじゃなく

鶏の為に流している涙で…

コレが…夢乃のホントの泣き顔なんだろうと思った…





( ・・・いつだ… )





夢乃の泣き顔を見ながら

俺が声を上げて夢乃の様に泣いたのは

いつが最後だっただろうかとフッと考えた…






アオシ「・・・・部屋に入るぞ」






夢乃は鶏の亡き骸を埋めてやりたいといい

鶏がいつも座っていた場所に

深く穴を掘って埋めてやり…

その場から離れようとはしなかった




陽は完全に沈み夜の寒さが出てきて

コートを着ていても

寒い筈だと思い家に連れて入ろうとすると

「ヤダッ」と言って俺の手を振り払う…





縁側からそれをずっと見ていたオヤジが

「入りなさい」と声をかけ

俺は夢乃の体を抱き上げて無理矢理

居間の方へと連れて行くと

テーブルには夕飯が並べられていた





( ・・・頑張ったって…そういう事か… )





煮物の中には一人の皿に

一個づつ卵が装われていて

この数日産んだ卵を人数分に達するまで

とっておいたんだと分かり




夢乃は皿の中にある卵を見ると

また外に出て行こうとし

オヤジが呼び止めた






父「少しは落ち着きなさい…

  いくら泣いた所であの鶏は帰ってこない…

  それに…いい大人が

  いつまでも人前で泣くものじゃない」






「・・・分かってますよ…

  帰って来ない事位…ッ…分かってるもんッ!」






父「・・・・・・」






「泣いて何が悪いのよッ!

 檀家さんの家族が死んでも

 そんな冷たい事を言って回ってるのッ!?」






夢乃がオヤジに向かってそう言った瞬間

俺の後ろにいたお袋が夢乃に近づいて行き

パシッと頬に手を上げた






アオシ「お袋ッ!」





母「住職に向かってなんて口を…」






お袋の肩を引いて夢乃のから離すと

夢乃は叩かれた頬に手を当てて

唇が小さく震えている






「・・・ッ…もん…」






父「・・・・・・」






「アタシ…間違ってないもんッ!

 ニーコが…家族が居なくなって

 何で泣いたらダメなのよ…」






夢乃はまた目からポロポロと涙を零し出し

オヤジに向かって

敬語の取れた話口調で

何故泣いたらダメなのかと言い

お袋がまた手を上げないかと

肩を強く抑えた





「・・・急に居なくなって…

  それを悲しんじゃダメなの…

  寂しいって…泣いちゃダメなのッ…

  大人でも…家族が死んだら…

  皆んなッ…泣いてるじゃないのよ…」







( ・・・・・・ )






あの鶏に家族としての目を向けていたのは

おそらく夢乃だけで…



夢乃以外誰も泣いていない事にも

寂しさを感じているんだろう…





夢乃は縁側にあるオヤジのサンダルを履いて

また鶏を埋めた場所へと走っていき

土に尻をついて座り…泣いている





( ・・・・夢乃にとっては… )





あの辺りには

鶏の血が飛び散っていて…

夢乃もそれを見ている…




そんな土の上に躊躇ちゅうちょなく

座って泣いている夢乃の姿を見て

俺は草履ぞうりに足を通し

夢乃に近づいて行き

「部屋には入らない」と顔を下げたままの

夢乃の隣りに腰を降ろした






アオシ「・・・お経は…死者を見送る言葉じゃねぇ…」






「・・・・・・」






アオシ「釈迦が唱えた生き方の書物だ…

   今生こんじょうを…生きてる人間に送る言葉だ…」






「・・・えっ?」






俺を見上げた夢乃の顔は…

やっぱり涙で汚れていて

目の周りのメイクもすっかり剥げていた…






アオシ「・・・今から読むお経はお前の為の言葉だ…」





「・・・・・・」





アオシ「・・・きっと…ニーコも…

   そう願ってるだろうからな…」







そう言って数珠じゅずを取り出し

目を閉じて経を唱え出すと

俺の脇腹辺りの袈裟が

少し引かれる感触がし

夢乃がいつもの様に袈裟を掴んできたんだと分かり

数珠を持っていない方の手を

袈裟を握っている夢乃の手へと

伸ばして重ねるとギュッと握り返してきた





俺たち僧侶は…

死者を送る仕事をしているが



寺とは何の関係もない暮らしをしてきた夢乃の方が

せいに対しての尊さを知っている様な気がした…







亭「へへ…弦蒸寺の鶏は

   この辺りで1番幸せな鶏かもな?笑」






( ・・・そうかもしれない… )






あの鶏が夢乃と過ごした

この2ヶ月間は…

きっと、幸せだっただろうから…






















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