まだ…
〈ユメノ視点〉
「ふぅ…久しぶりだな…」
湯船に体を沈め
ポカポカと言うよりも
ジンジンとする熱いお湯加減に
「はぁー」と声を漏らし
天井から落ちて来る水滴の
ピチャンと跳ねる音を聞きながら目を閉じた
( ・・・紫か… )
アオシ「・・・見合いは…してねぇ…」
( ・・・本当は知っていた… )
お昼過ぎに帰って来て
庭にいるニーコに駆け寄ると
ニーコは羽をバタバタとさせた後
声を上げて近づいて来たから
ヤッパリ寂しがっていたんだと思い
部屋には入らず
しばらくニーコと遊んでやっていると
「体調はもういいのか」と
お父さんの声がした
「あっ…ただいま戻りました…」
父「・・・・・・」
お父さんは私をジッと見たまま
何も話さなくて…
気不味い雰囲気にトランクを持って
部屋に行こうとすると
「荷物を置いたら居間に来なさい」と言われた
「・・・お説教かな…」
お父さんに呼び出されるのは
初めて抜け出した日以来で…
帰って来なかった事を
言われるのかと思いながら
重い足取りで居間へと行くと
お父さんは自分の席に座って
私を待っていた
「・・・失礼します…」
腰を降ろして
お父さんの様子を伺っていると
お父さんは腕を組んだまま
テーブルの一点をただ見つめていた
( 私から何か話すのかな… )
忙しい時期に留守にした事を
謝ればいいのかなと考えていると
「どうして餅つきに行ったんだ」と言われ
おじさんの様に勝手に
餅つきに参加した事を怒っているのかなと思った
「すみません…
皆んなが集まる行事だって聞いて
お母さんは…忙しそうだったので…」
父「・・・・そうか…」
お父さんはおじさんの様に
眉間にシワを寄せる事もなく
ただそう呟くだけで
また黙ってしまった…
「・・・勝手な事をしてすみませんでした」
父「・・・楽しかったか?」
「・・・え?」
父「餅つきは…楽しかったか?」
( ・・・楽しかった? )
あの餅つきの日は
おじさんから怒られ苦い記憶と…
麗子さんと私を比べる
周りの目で楽しかった事なんか…
「・・・あっ!」
父「・・・なんだ?」
「お餅が美味しかったです!」
父「・・・・・・」
「つきたてのお餅は初めてで…
温かくてモチモチしてて
とっても美味しかったです!笑」
色々と教えてくれた
和子おばちゃんから
「口を開けなさい」と言われ
不思議に思いながら口を開けると
口の中にお餅を入れられ
最初は驚いたけれど
砂糖醤油もきな粉もついていない
つきたてのお餅は甘くて美味しかった
( ・・・あとは…無いかな… )
顔を下げて
餅つきに来ていた麗子さんの事を
思い出していると
「水戸家の挨拶周りは終わった」と
お父さんが言い
「挨拶周り?」と顔を上げると
お父さんは私の顔をジッと見ていた…
父「・・・新年の顔出しだ…
蒼紫ではなく、私が行った」
「・・・・・・」
父「明日は鏡開きをする
自分で作った餅なら
自分で…ぜんざいの準備をしなさい」
「・・・えっ?」
お父さんは立ち上がると
縁側から出てお寺の方へと歩いて行き
「ぜんざい?」と言いながら
お父さんの背中を見ていると
台所からお母さんが出て来て
満太朗さんが私が作りかけていた
鏡餅を作り上げて
持って来てくれた事を教えてくれた
母「・・・奥の仏壇に飾ってますよ…」
「・・・・・・」
お母さんの言う仏壇のある部屋へと行くと
あの日私が作りかけていた
小さな鏡餅が飾られていた
父「蒼紫ではなく、私が行った」
( ・・・つまり… )
お父さんの言う新年の顔出しが
お見合いの場で…
おじさんは行かずに
お父さんが行ったんだ…
ピチャン…
顔に雫が落ちてきて
閉じていた目を開けると
実家のお風呂とは違う
年期の入った天井が見え
「あと2ヶ月半か…」と呟き
洗い場にあるシャンプーボトルに目を向けた
マリコ「コレは…私からのプレゼントよ!
2ヶ月ちょっとは持つから…
このシャンプーとトリートメントが
無くなったらお芝居は終わり!
カット!って撮影は終わって
出演料の50万円を貰って
コッチに帰って来なさい!」
( ・・・アレが無くなればサヨナラ… )
麻梨子は大容量サイズを買ってくれ…
多分2ヶ月ちょっとはもつから
麻梨子の言う通り
シャンプーが無くなる頃には
おじさんと離れなくちゃいけない…
( ・・・・紫… )
おじさんが「食うか…」と
差し出してきたお菓子は
綺麗な薄紫色をしていて
初めてバーで会った時に
おじさんが私に差し出したお酒も…
「・・・紫だったな…笑」
私とおじさんの間は
紫ばっかりだなと思い
なんだか可笑しくなり笑っていた…
マリコ「お芝居は終わり!」
( 今はまだ…お芝居でいいんだよね… )
シャンプーはまだまだ沢山入っていて
まだ…魔法が解ける時じゃない
私は立ち上がって
湯船から出ると急いで服を着て
自分の部屋へと走って行き
顔のお手入れを数分で済ませ
テーブルの上にある和菓子を手に持って
おじさんの部屋へと向かった
( おじさんの口から聞きたかった… )
お見合いをしてないと
お父さんから聞いて知っていたけれど
おじさんの口からちゃんと聞きたかった…
だから…
おじさんがそう言ってくれた時は
嬉しかった…
パンっと襖を開けると
おじさんは驚いた顔で振り向き
「声かけろ」と怒っているけど
この前の顔に比べたら全然怖くない
「一緒に食べようと思って!笑」
アオシ「俺がやった菓子を俺に半分くれるのか?」
「半分はダメ、三分の一あげる」
アオシ「・・・・・・」
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