初めて…

〈アオシ視点〉









亭「若住職、何か包んで帰りますか?」






亭主の言葉にハッとして

目の前にあるガラスケースの中の

和菓子を無意識に見ていた事に気づいた…






アオシ「いえ…ではまた来月」






俺はそのまま店のガラス戸を開けて

外にでると「はぁ…」と息を吐きながら

まだ高く昇り切っていない太陽を見て

「まだ新幹線の中か…」と呟いた





( ・・・・・・ )





7日の日にお参りを終えて家に帰ると

テーブルには3人分の食事しか準備されてなく

夢乃は帰って来ていないんだと分かり

腰を降ろして食事を摂ろうとすると

「10日に帰って来る」と

後ろから現れた親父おやじが言った






アオシ「・・・連絡…とったんですか?」





父「・・・・・・」






親父も自分の席に腰を降ろすと

「頂こう」と手を合わせ

俺の問いかけへの答えは返さなかった






( ・・・・何考えてるんだ… )






最近の親父おやじは何を考えているのか

全く分からない時がある…




麗子のオヤジと何かを企んでいた筈なのに

あの日…麗子の家への月参りに

俺は行かず親父が一人で参りに行った…






父「・・・水戸家には私が行くから

   お前は志垣家に参って来なさい」


 



アオシ「志垣家は…日にちが…」






親父が俺に参りに行く様に言った志垣家は

離れた県境にある檀家の家で

参る日でも何でも無い日だった…





( ・・・夢乃にも… )





最初こそ俺が急に連れ帰った

夢乃に眉を寄せていたし

「務まると思っているのか?」と

顔を合わせる度に言って来ていたが

親父は何も言わなくなった…




何か有れば直ぐにでも

追い出そうとしていた筈なのに…




何故だか鶏を買い与え

夕飯に甘たらしい

ジャム入りの煮物を出した時も

何も言わずに口に運んでいたし…





アオシ「・・・堂々と食うな」





商店街で買って来たであろう

小さな花の形をした和菓子を

縁側に座って食べていたから

部屋で食えと言うと

夢乃は目をパチパチとさせて

「なんで?」と手にある

菓子を眺めながら

「お父さんから貰ったんだけど」と

不思議そうな顔をして

「食べちゃダメだったの?」と言っていた





父「水戸家の娘を貰えばいいものを…」





帰って来た日に言われた言葉は

間違いなく本心だった筈だ…




だが、親父おやじが夢乃に対して

どこか変わったのも…間違いない…





最後の家を周り終わり

車を停めている駐車場へと歩いていると

「あっ…あの…」と小さな声が聞こえ

足を止めて振り返ると

夢乃がよく行く店のガキが立っていた





ユキ「あの…その…」





アオシ「・・・・夢乃なら今日帰って来る」






目の前のガキは

数ヶ月前の野暮ったい髪型とは違い

夢乃がよくしていた

崩れた団子の様な髪型をしているから

夢乃に懐いているんだと

何となく分かった…





ユキ「そうじゃなくて…その…」





アオシ「・・・・・」






キョロキョロと周りを見渡して

「コッチに」と空き家の影に手招きをしている

ガキに内心タメ息を吐いて近づいていくと

「怒らないで…聞いてほしくて…」と

目を泳がせながら年末にあった

あの…餅つきの事を話し出した…






アオシ「・・・・・・」






ユキ「だから…その…夢乃さんは

  お義母さんの為に…その出て行ったというか…」






レジとは言え…

仮にも接客業をしているとは思えない程

「あの」だの「その」が多く…

話終わるのにだいぶ時間がかかったが

目の前のガキが俺に言いたい事は分かった






( ・・・バカな奴だな… )






餅つきなんかの町内会行事の事で

お袋が色々と言われている事は

俺はガキの頃から知っている…



 


アオシ「随分ずいぶんはぇな」





「・・・早くシャバに出たいのよ…」




 


( ・・・・最初から行くつもりだったのか… )






ミツタロウ「・・・ただでさえ噂の事もあって…

    気不味い立ち位置だっただろうし…」






( ・・・本当に…バカなガキだな… )






俺は駐車場とは逆方向へと歩き出し

ガラス戸を開けて数歩先にある

ガラスケースの中を覗き込んだ





亭「ヤッパリ何か包もうか?笑」






奥から出てきた亭主は

俺を見て笑ってそう言うと

「夢乃ちゃんならこのイメージか」と

ピンクの花びら型の菓子を指差して言い

何故俺が夢乃に買おうとしていると

分かったんだと不思議に思い顔を向けると…


 



亭「嫁の機嫌を取りたくて

  甘い手土産を持って帰るのは

  よくある話だからな?笑」





アオシ「・・・・・・」






夢乃はまだ嫁ではないし

本当の婚約者でもねぇ…






ミツタロウ「だから!自分の婚約者が

    違う女とお見合いしようとしていて

    そのお見合い相手の麗子がいる中でも

    ニコニコと笑ってオバさん連中と

    仲良くしようと頑張っていたのに…」






( ・・・だが… )






俺と夢乃以外から見れば

俺は夢乃の婚約者で

夢乃は俺の嫁になる女だと思っている…




満太朗が言っていたように

あんな大勢がいる前で

夢乃をキツく睨むべきではなかったなと思った…





菓子を袖の中に入れて寺に帰ると

庭にしゃがんで鶏の頭を撫でている

夢乃の背中が見えた





アオシ「・・・帰ってきたか…」





今日帰って来ると

親父から聞いていても

あの日の夢乃の顔を思い出すと

本当に帰ってくるだろうかと思っていた…





( ・・・2週間ぶりだな… )





俺は止めていた足を動かして

ゆっくりと夢乃に近づいて行き

「7日の夜には帰るんじゃなかったのか」

と後ろから問いかけた




夢乃は俺の声を聞くと

小さく肩を揺らし

鶏を撫でていた手を止めたが

振り向こうとはしなかった





 

アオシ「・・・寂しがってずっと鳴いてたぞ」





「・・・・・・」





アオシ「・・・・・・」






帰って来ても夢乃の機嫌は

あの日と変わらないままの様で

何も答えない夢乃に「はぁ…」と

息を溢しながら隣にゆっくりと腰を降ろし

袖から買って来た菓子を取り出して

「食うか?」と差し出した






「・・・・・・」






アオシ「・・・見合いは…してねぇ…」







そう言うとゆっくりと顔を

コッチに向けて来た夢乃は

俺を見上げながら

「本当?」と問いかけてきたから

「あぁ」と答え菓子を

夢乃の顔の高さまで上げて

もう一度差し出した




夢乃は俺の手から菓子を取ると

ジッと俺が選んだ薄紫色の菓子を眺め

自分の左手を俺の左手へと伸ばしてきた





( ・・・何してんだ… )

 




手を繋ぐわけでもなく

ただ近づけて来てそっと触れている

手を見てから小さく笑うと

「貰ってあげる」と

生意気な顔をしている夢乃を

初めて可愛いく感じた…










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る