ニーコ

〈アオシ視点〉









母「・・・あぁ…おはよう」





台所へ行くとお袋の姿が無く

外に続くガラス扉から庭に出ると

まだ暗い庭に膝を曲げて座っていた






アオシ「・・・食わねぇのか?」





母「えぇ…」






お袋は心配気な顔をして

鳴き声を上げずに

ジッと座っている鶏を見つめている





( ・・・・今度は飯か… )





鶏は年明けまでずっと鳴いていたが

三ヶ日を過ぎた辺りから

ピタリと鳴き声を上げなくなり

やっと落ち着いたかと思っていたら

えさの減り具合が悪いと

お袋が言い出した…




1日分の餌を毎日与えても

半分も食べていないらしく…





母「・・・卵も産まなくなったし…」





アオシ「・・・病気…じゃねぇだろうしな…」






夢乃が居なくなった寂しさから

こうなったんだろうと思い

「はぁ…」とタメ息を吐きながら

膝を曲げて座り

「俺がやる」と餌の入った袋を手に取って

お袋に飯の準備をする様に伝えた






アオシ「・・・そんなに寂しいか?」






コッコッコ…

とも鳴き声を発さない鶏に

「はぁ…」とまたタメ息を吐いて

餌を目の前に出してやっても

食いつく気配は無い…






( 食わなくなって何日だ… )






「ニーコの事…お願いね…」






ふと…タクシーに乗る時に

夢乃から言われた言葉が頭の中に聞こえ

「病院…行くか?」と鶏に問いかけた






アオシ「・・・・・・」






夢乃は…朝飯を作って片付けた後は

寺の掃除をしているが

来客なんかがあると

母屋側で過ごす事が多く…






「見て見て!

 今日ニーコがお昼寝したから

 動画に撮っておいたの!」






「薬を塗って」と

風呂上がりに俺の部屋に来ると

「今日ニーコがね」とよく話していた…





夢乃にとってこの鶏は

卵を産む為の家畜ではなく…

ペット…みたいなもんなんだろう…






( 鶏が…ペット… )






アオシ「帰って来ても…

  お前がいなかったらアイツが悲しむぞ…」






明日の夜になれば…

夢乃が帰ってくるはずだが…






アオシ「・・・帰らねぇかもな…」






シンッとした庭でそう呟くと

ジャリッと足音が聞こえ

お袋かと思い振り向くと

オヤジが立っていた






父「・・・名前で呼んであげなさい」





アオシ「はっ?」





父「・・・よく…名前で呼んでやっていた」







一瞬、夢乃の事かと思ったが

オヤジが鶏の事を言っているんだと分かり…





( ・・・名前… )





目の前にいる鶏の名前は知っているが…



 


( ・・・アレを口にするのか… )





30を過ぎている大の男が

鶏に向かって「ニーコ」なんて

とてもじゃないが口にできねぇ…





父「・・・・・・」






オヤジは腕を組んだまま

鶏を眺めていて

俺が鶏の名前を呼ぶのを

待っている様に見える…





( なんでアイツは名前を伸ばすんだ… )





ピーコだの、ニーコだの…

春過ぎからの鶏の世話は

お袋や…俺たちになる…




お袋はまだ呼べるだろうが

俺やオヤジはハッキリ言って呼びにくい…






アオシ「・・・・・・」






口の中で

舌を奥歯部分にグッと押し当てて

言いたくないと思いながらも…





「ニーコって呼ぶと

 ちゃんと私の所に寄ってくるの!笑」






夢乃がそう言っていた事を思い出し

鶏に顔を向けて「おい…」と呼んだ…





「おいで!ニーコ!笑」





アイツみたいに

笑って手を広げて呼んでやる事は出来ねぇが…





アオシ「・・・ちゃんと食え……ニーコ…」





オヤジの横で何言ってんだと

自分でも呆れていると

鶏がピクリと反応したから

もう一度「ニーコ」と名前を呼んでやると

ゆっくりと立ち上がって

俺の手元に頭を擦り寄せてきた





( ・・・飼い主にそっくりだな… )





その仕草が夢乃と重なり

擦り寄せてきた頭を優しく撫でてやった…














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