〈ユメノ視点〉









餅つきに参加しない事で

お母さんが色々と言われていると知り

どうしようかと悩んだ…





( ・・・坊守は…大変なのよ… )






朝早くから起きて

お寺の掃除をして

お父さんの雑務もして…





お母さんが自分の時間を楽しんでいる姿なんて

一度も見た事がなかった…





あんなに時間をかけて

墨を研いで綺麗に書き上げた案内書を…

あのオバさん達の家に届けるのかと思ったら

「油性マジックでいいじゃない」と呟いていた






( ・・・皆んな…知らないから… )






離れているから

お寺でお母さんがどう過ごしているのか

知らないからあんな風にいうんだ…





次の日の朝…

鬱々うつうつとした気分のまま

ニーコの所へ行くと卵を産んでいなく

「お休みの日か」と言って

しばらく会えないニーコの頭を撫でながら

春から先の事を考えた…





私が居なくなった後

ニーコのお世話はお母さんがする事になる…






ただでさえ忙しいのに大丈夫かなと

ニーコとお母さんの心配をしていると

「夢乃さん」とお母さんから呼ばれ

台所へと行くとタッパに漬物を詰めていて

「ご実家に持って帰りなさい」と

お客様用に使う布風呂敷を取り出して

綺麗に包み出した…






母「汁物ですから

  横に倒さない様に

  しっかりと支えて持ってね」





「・・・・・・」






両親は…

私が此処にいる事も知らないから

この漬物をなんて持って帰ろうかと

考えながらお母さんの手元に目線を向けると

少し前の私の手よりも荒れていて

指先には私の様にササクレが出来ていた






( ・・・毎日… )





私がいない間は

お母さんがあの冷たい水で

1人で洗い物をして足袋も洗うんだと思い

荒れた手を見ながら

お父さんはクリームを

塗ってあげないのかなと思った






「・・・・ニーコのお世話…お願いします」






母「卵を産んだら

  蒼紫のお味噌汁に入れておくわ」






お母さんは少しだけ笑って

そう言うと朝ごはんの準備をしだした






( ・・・忙しいんだから行けるわけがない… )






きっと、来年、再来年も

お餅つきには行けないし

オバさん達からも言われ続ける






( ・・・・・・ )






7時過ぎにはタクシーを呼んで

トランクを乗せていると

随分ずいぶんはぇな」とおじさんが近づいて来たから

「早くシャバに出たいのよ」と

素気なく返事を返して

タクシーに乗る前におじさんの顔を

何も言わずにただ見上げた






( ・・もしかしたら…最後かもしれないし… )






「・・・・ニーコの事…」





アオシ「お袋がみるから大丈夫だろう」





「・・・・お願いね…」






そう言ってタクシーへと乗り込み

「駅まで」と言って

タクシーを出してもらい

「行って来ます」とも「さよなら」とも

どちらも伝えず…

おじさんとは別れた





お寺から離れたら

「やっぱり商店街に!」と運転手に伝え

由季ちゃんのお店に行き

トランクを預かってもらうと

準備していたエプロンを取り出して

餅つきの行われる空き地に急いだ





空き地に行くと

8時開始なのに既に

オバさん達が集まっていて

「すぅー」と深呼吸をしてから

「おはようございます」と明るく声をかけた






来年からは出られなくても

坊守ぼうもりは忙しいんだって事を

皆んなに知ってもらいたかったから…






由季ちゃんから噂好きだと教えてもらった

和子おばちゃん達に近づいて行き

「色々教えてください」と

さりげなくオバさん達の輪に入れてもらい

「お寺には慣れた?」と

待っていた質問をされ…





「中々慣れないです…

 朝も4時過ぎには起きないといけませんし…」






シズカ「4時過ぎ!?」






「お母さんは…もっと早いみたいで…

 今も墨を研いで新年に配って回る

 書き物をしていますから…

 お母さんを見ていると

 私に務まるか心配になります…笑」






噂好きなオバさん達は

「何時に寝るの?」など…

色々と聞いてくるから

ちゃんと上手く広めてよと思いながら

「夜は疲れて10時過ぎには」と答え続けた





( ・・・そんな露骨に見られても… )





この3時間ちょっと

会話らしい会話もしてないのに

ずっと私の事を見てくる麗子さんに

気付かないフリをするのにも疲れている…





周りが…

私と麗子さんをどんな目で見ているかも

知っているしどっちを推しているのも

ちゃんと分かってる…





ハッキリ言って

居心地の悪いこの雰囲気に

帰ってしまいたい…



あと少し、あと少しと

自分に言い聞かせていると…






「夢乃ッ」とおじさんの声が聞こえ

恐る恐る顔を向けると

怒った顔をしたおじさんが

草履ぞうりの音をたてながら近づいて来た






( なんで此処に… )






おじさんは私の手を掴むと

ツカツカと広間から出て行こうとするから

ギリッと痛む腕を振り払って声を上げた






アオシ「此処で何してんだ?」



 

 

坊守の大変さを

知ってもらう為に来たなんて…

言えるわけもなく…



 



「・・・・見れば分かるじゃない…」






アオシ「実家に帰るつって朝早くから

   出て行った筈のお前が何でここにいるんだ」



 




おじさんは顔も声も怒っていて…

皆んなのいる前で…麗子さんの前で

そんな態度はとってほしくなかった…






アオシ「お前が一度でも来れば

 お袋が来年も来なきゃいけなくなるだろうが」






「・・・・ッ…」





それは分かってるもん…

分かってるから…

皆んなに知ってもらいたいから…






アオシ「勝手な真似はするな」






( ・・・何よ… )





此処にいる全員が

私をおじさんの婚約者だと思っているのに

直ぐ後ろにいる麗子さんと

お見合いする事も知っている…






( ・・・そんな話…ないわよ… )






「そっちだって、勝手な事してるじゃないッ」







いくら嘘だからって…

演技だからって…

始めたのはおじさんなんだから

春まではちゃんと

私だけの婚約者でいてよ…





皆んなの視線に耐えられずに

作りかけの鏡餅もそのままにして

広間から出て行き

由季ちゃんに預けていたトランクを取りに行くと

「どうしたんですか?」と驚く由季ちゃんに

「えっ?」と言って顔に手を当てると

雨も降っていないのに

私の頬は濡れていて

自分が泣いているんだと分かった






ユキ「オバさん達に何か言われたんですか?」





「・・・・・・」





ユキ「まさか麗子さん?」





「・・・ッ…おじさん…」





ユキ「え??」






私に何かを言って泣かせたのは

お喋りなオバさん達でも

女狐の麗子さんでもなく…






「・・・蓬莱ほうらい蒼紫なんて…大嫌いッ…」






ユキ「・・・・へ?」







私の…婚約者である筈の

おじさんだった…







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