餅つき

〈ミツタロウ視点〉









ミツタロウ「・・・えっ…」






毎年12月28日は

商店街の皆んなで餅つきをして

それぞれのお店の鏡餅を準備する…




うちの米屋が毎年

餅米の準備を頼まれ…

オヤジと米を運んで行くと

餅をつく空き地に

ピンクのエプロンをつけた夢乃ちゃんが

「おはようございます」と笑って入って来た…





( ・・・なんで?? )





蒼紫の家は毎年この時期は

忙しくて参加する事が出来ない筈だ…




キョロキョロと夢乃ちゃんの辺りを

見渡してもオバさんの姿はなく

まさか一人で来たのかと

驚いていると

後ろにいるオバさん達の中から

「帰ったんじゃ」と…

あのお見合い話が聞こえてきた…






ミツタロウ「ゆっ…夢乃ちゃん!

    今日は一人で来たのかい?」






俺はオバさん達の話し声が

夢乃ちゃんの耳に届かない様に

わざと大きめな声を出して

近づいて行くと

夢乃ちゃんは「はい!」と

ニッコリと笑い

奥で噂話をしているオバさん達に

「宜しくお願いします」と

頭を下げていた






( ・・・何で来たんだ… )






商店街中が

蒼紫と麗子のお見合い話を知っているし

夢乃ちゃんも…知っている…




楽しい集まりにならない事は

夢乃ちゃん本人も分かっている筈だ…






カズコ「まぁ…そんな服着て来て…」






和子おばちゃんが夢乃ちゃんの服を見て

「汚れてしまうよ」と言うと

夢乃ちゃんは「洗えば落ちます」と

笑って答えていて袖を肘下部分まで上げ

「何からしましょうか?」と

オバさん軍団に溶け込もうと

頑張っているのが分かった






( ・・・やっぱり…可愛いよな… )






今日は特別凝った髪型じゃないけど

作業をする為に高い位置で

お団子を作っている夢乃ちゃんの後ろ姿からは

若さならではの細くて白い首と

綺麗なうなじが見えていて…






オヤジ「アレが蒼紫の嫁か…」



 



横に立っているオヤジが

ボソリと呟いて

顔を向けると我がオヤジながら

鼻の下を伸ばして夢乃ちゃんを眺めていた






オヤジ「はぁ…うちにもあんな嫁がくればな…」






ミツタロウ「・・・・・・」






オヤジと俺は間違いなく親子なんだと感じながら

周りのオジさん連中に目を向けると

何人かはオヤジの様にニヤけた表情で見ている…





決して露出の高い服ではないし

夢乃ちゃんはデニムに

少し変わったデザインの

白いニットを着ているだけだが…






( ・・・なんか…いいな… )






蒼紫は普段どんな風に

夢乃ちゃんと過ごしているんだと思ったが






ミツタロウ「・・・やっぱり想像できねぇな…」






そう呟いた瞬間「おはようミッちゃん!」と

麗子の声が聞こえてきて

背筋がゾッと凍った…





( ・・・忘れていた… )






麗子の実家の仏壇屋も商店街にあり…

毎年この餅つきには麗子が参加をしていた…





奥にいる夢乃ちゃんを見つけて

目を見開き動きを止め

「なんで?」と俺に顔を向けてきたから

「手伝いに…」とだけ答えると

麗子はジッと夢乃ちゃんに顔を向け

視線に気付いた夢乃ちゃんも

コッチに顔を向けてきて




少し驚いた顔をした後に

ペコっと頭を下げて…

小さく笑うと背を向けて

和子おばちゃん達と蒸し米を

取り出していた





( ・・・きっ…気まずい… )





俺は何処を見て良いのか分からず

目線を泳がせながら

逃げる様にオジさん連中の方へと歩いて行き

時折夢乃ちゃんの様子を見守っていた





作業開始から3時間が過ぎ

腰や足が疲れを感じ始めた頃に

「若住職じゃねぇか」と

俺の隣にいた豆腐屋のオジさんが

曲げていた腰を伸ばして

通路側に顔を向けたから

俺も「えっ?」と言って顔を向けると

袈裟を着てお参り途中であろう蒼紫が

眉間に皺を寄せて入って来た





( ・・・嫌な予感がする… )






誰が見ても機嫌が悪い表情に

蒼紫が今から誰の元に行って

穏やかじゃない話をするのが想像でき

俺は手にあった餅をパッと離して

蒼紫の方へと駆け寄った





( まさか抜け出して来ていたのか? )






毎年、蒼紫のオバさんは

忙しくてこの餅つきには参加出来ない…

なら、そこの嫁である夢乃ちゃんも

忙しい筈だと思い

俺は寺の事もせずに夢乃ちゃんが

お寺から抜け出して来たのかと思った






ミツタロウ「あっ…蒼紫…」





アオシ「夢乃ッ!」






蒼紫の声は餅つき場にいる全員に

聞こえる位に大きく

その声色も…多分全員が理解した…





蒼紫は真っ直ぐと

夢乃ちゃんの所へと行くと

手首をグッと掴んで

おばちゃんの輪から連れ出し

夢乃ちゃんを連れ出そうとするから

「おい…」と止めに入ろうとすると





「痛いてばッ!」






蒼紫から掴まれていた腕を

パシッと振り払って

夢乃ちゃんが声をあげた…






女「あら…なに?」






あら…なんて

いかにも心配気な声を上げているが

おばちゃん達の表情は

テレビの中の芸能ニュースでも

見るかの様な顔をしていた…







アオシ「此処で何してんだ?」






「・・・・見れば分かるじゃない…」






アオシ「実家に帰るつって朝早くから

   出て行った筈のお前が何でここにいるんだ」






「・・・・・・」






夢乃ちゃんは何も答えずに

蒼紫から掴まれていた腕が痛かったのか

俯いたまま自分の手で摩っている






( ・・・やっぱり…この二人は変だ… )






とても…

結婚を前にした婚約者には見えない…




蒼紫は目を細めて

何も答えない夢乃ちゃんを見ているが

その目は…

愛しい相手を見る目なんかじゃないからだ…






アオシ「・・・が・・・勝手な真似はするな」






蒼紫は夢乃ちゃんに近づいて

さっきまでとは違い声を下げて

何かを夢乃ちゃんに言っていて…

最後の言葉だけが聞こえてきた…






( ・・・ただの餅つきだろう… )



 



元々帰省する予定だったなら

抜け出して来たわけでもないし

何をそんなに怒る必要があるんだと思い

夢乃ちゃんのフォローをしてやりたいが…





ミツタロウ「・・・・・・」





蒼紫の表情を見ていると

近づく事が出来なかった…







「・・・じゃない…」






アオシ「・・・・・・・」






「そっちだって、勝手な事してるじゃないッ」







夢乃ちゃんは怒った顔でそう言うと

肘下まで上げていた服の袖を伸ばして

そのまま広間から出て行った







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