務まらない…

〈アオシ視点〉








初めてバーで会った時から

バカな女だとは思っていたが…






( ・・・・・・ )






「ねっ!?長いでしょ?」






顔を近づけて来て

自分の瞼を指差しながら

パチパチとわざとらしく瞬きを

している夢乃は「どう?」と

自分のまつ毛の長さを聞いてきている






アオシ「・・・何がどう違うんだ…」






「もうッ!ちゃんと見てよ!

  まつ毛が普通の人よりも長いでしょ?」






アオシ「・・・・・・」






他人のまつ毛なんか気にした事もねぇし

正直どうでもいい話に何も答えないでいると

夢乃は小さな白い筒を俺の顔の前に

差し出して来てペラペラと説明しだした…



 




「コレ!このまつ毛美容液を毎晩寝る前に

   塗ってるんだけどいい感じに

  まつ毛が伸びてきてるの!」







アオシ「・・・まつ毛…美容液?」







この女は顔だけじゃなく

自分のまつ毛にも化粧品を塗ってやるらしく

「半年でコレは凄いわよね」と

三面鏡ミラーを覗き込みながら

鏡の中の自分のまつ毛に話かけている…






( ・・・いるか?まつ毛に美容液なんか… )






毎朝寝坊する夢乃に

小言を言いに部屋に来てみれば

夢乃は小さな台の上の沢山の化粧品を並べて

顔にグリグリと機械をあてていたから

「何してんだ」と口にすると

並べてあった化粧品の説明をしだした






アオシ「・・・コレ全部でいくらするんだ?」





「えっ?全部…フェイシャル機も入れて?」






アオシ「・・・はぁ…」







24歳とは言え

貯金らしい貯金も無い夢乃に

どんな金遣いしてんだと思っていたが

並べられている化粧品や

風呂場に置いてある夢乃が持って来た

シャンプーなんかを思い出し




引っ越し資金も無く

馬鹿な男達に足元を見られていたのが

何となく分かった気がした…






アオシ「・・・・・・」






「最近寝不足で肌荒れ酷いし…

  サプリメント多めに飲んで寝なきゃ」






アオシ「何が睡眠不足だ!

   昼寝してるだろうが」






「一回だけじゃない…」






夢乃はそう唇を尖らせて言うと

分かりやすくバツの悪そうな顔をして

顔を逸らし…むくれている…






俺が外に行っている間に

寺の掃除を命じられた夢乃は

祓い用の待ち部屋でストーブを焚いて

眠っていたらしく

見つけた住職から厳しく言われたようだ







( ・・・まぁ…親父達も厳しいが… )






アオシ「・・・・・・」







寺の作法も何も知らない夢乃に

この生活がキツい事はよく分かっている…





ましてや、本物の婚約者でも無い

夢乃から見れば酷い拷問だろう…






( ・・・だが…それでも… )






春まではコイツに

此処に居てもらわなくちゃいけねぇ…






アオシ「はぁ…」






「・・・・・・」





アオシ「お前はアラームが聞こえねぇのか?」





「・・・いつの間にか…

  無意識に止めてるみたいで…」






普通のOLだった夢乃に

4時半起床がキツいのは分かるが

ここに来て10日程経つのに

今だに起きれていない

目の前のガキに呆れながら

「お前同棲してたんだよな?」と聞いた






アオシ「家事は相手の男がしてたのか?」






「・・・私がしてたわよ…

  どうせお母さんでしょ…」






アオシ「・・・・・・」






ブツブツと口を小さく動かしながら

「顆粒だしだって美味しいわよ」と

お袋から言われた小言に文句をこぼしている…





( ・・・変なガキだな… )





普通…〝嫁〟の立場ならば

息子になる俺に

姑の愚痴をこぼしたりはせずに

もっとオブラートに包むんだろうが

夢乃は形だけの婚約者の俺に

そんな気遣いは全く無い様で

「乾き物なんて古い言葉じゃ分からないし」と

言い続けている…





「卵焼き…そんなにダメだった?」





眉を下げた顔をコッチに向けてきて

口をヘの時にした夢乃は

「美味しかったでしょ?」と

言葉とは違って落ち込んだ声で

俺に問いかけてきた






アオシ「・・・うちに幼稚園児はいねぇからな」






「なによ!!

 私はお砂糖たっぷりの甘い卵焼きが好きだもん」






夕飯で夢乃が作った卵焼きは

菓子みたいに甘ったるい味のする卵焼きで

住職もお袋も顔をしかめていた






母「蒼紫…夢乃さんは若いお嬢さんね…」






住職からも色々と言われているが

お袋からも夢乃の事で呼び止められる事があり

煮込み料理や和食なんかは

全く作れない夢乃に少し小言を言われた






母「確かに可愛らしいお嬢さんだけど…

  ただでさえ家はこうだし…

  坊守の仕事だってあるし…」






夢乃に坊守が務まるのかと

心配をするのも無理はない…




もし…俺が本当にこの寺に

坊守として連れて来る女がいたとして

夢乃みたいなタイプは全く選ばないだろう






( ・・・コイツには務まらない )






だが、それでいい…

坊守なんて絶対に無理な夢乃だからこそ

俺はコイツにこの提案をしたからだ…






アオシ「とりあえず…

  春までは泣いてでも居てもらうからな」






「慰めようとかはないわけ?」
















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