お風呂…

〈ユメノ視点〉










「何でアタシが1番最後なのよッ!」






お風呂場前の廊下で洋服を脱ぎながら

ブチブチと小声で文句を言っているわけは…






アオシ「住職からだぞ」





「へっ?」





アオシ「うちじゃ風呂は

   住職、坊守の順で入るのが慣わしなんだよ」







お風呂に入ろうと思い

おじさんにお風呂の場所を聞きに行くと

「お前は1番後だ」と言われ

3人が入り終わるまで

自分の部屋で荷解きをしながら

唇を尖らせていた





実家のお父さんやお兄ちゃんが浸かった浴槽に

自分の体を沈めるのも嫌なのに

今日会ったばかりの他人が浸かったお湯なんて

更に浸かる気がしない…





( 脱衣室もないし… )






部屋を探す第一希望だった脱衣室はなく

肌寒い廊下で着替えなきゃいけない事に

益々唇は尖っていき

浴室のドアの横にあるトイレからは

独特のトイレ臭が臭ってきていて

全身が嫌だと叫んでいた





( まさかここがお風呂だったなんて… )





てっきり物置かと思っていた

木で出来た浴室のドアを開けると

タイル貼りの床が見え頬を引き攣らせながら

家の作りに負けない位の浴室に

体がブルっとし…

手や足に鳥肌がたった…





( ・・・ごっ…5ヶ月… )






自分用のシャンプーや

ボディーソープのボトルを置き

バスチェアであろう

踏み台の様な木で出来た小さな椅子をみて

「はぁ…」とタメ息を溢し

その椅子には座らず

シャワーを手にとり一つしかない蛇口に

「ん?」と首を傾けた





「・・・・お湯は?」





蛇口を回して床に向けて水を出しながら

お湯が出てくるのを待っているけど

中々でてこないお湯に

なんでと疑問に感じ

冷えた浴室の中で体はどんどん

縮こまっていき

石で出来ているお風呂に顔を向け

「嘘でしょ」と言って

釜飯の蓋の様なデザインの

大きな蓋をどけると

温かそうな湯気を立てた湯船が見えた





足に流れてくる氷水の様に冷たい

シャワー水に眉を寄せて

もう一度ホカホカとして見える

湯船を見て「最後だしね…」と

呟いてから段になっている

石に足を乗せて

洗っていない体のまま湯船に足を入れると…





「・・・ッ!?アッ…ギャーッ!!」





浴室中に響いた私の叫び声に

ドアを開けて現れたのはおじさんで

足にシャワー水を当てている私の姿を見て

「板使わなかったのか」と

呆れた顔を向けている






「このお風呂の底すっごく熱くて火傷したわよ」





アオシ「・・・はぁ…

   五右衛門だって言っただろうが」





「ゴエモン?」





おじさんはタオルを手に持って

浴室に入って来ると

「少しは隠せ」と言って

私の体にパサッと投げる様にかけてきて

自分が裸だった事を思い出し

胸元から太もも部分を慌てて隠した






「・・・見た?」





アオシ「見せられたの間違いだろ」






おじさんはいつもと全然変わらない態度で

「足見せろ」と言って膝を曲げて座り

シャワーを当てている足先に目を向けている…





( ・・・ちっとも興味なさげ… )





普通なら7つも年下の若い身体を見て

もっと興奮したりするもんじゃないのと

ムッとしておじさんの顔を見ていると

「大した事ねぇじゃねぇか」と言って

デカイ声で騒ぐなと顔を上げたから

「おじさんって…ゲイなの?」と聞いた





アオシ「・・・・なんの話だ?」





「・・・だって…」





自分の裸になんの反応もないからなんて

言える筈もなく唇だけ尖らせながら

そう呟くとおじさんは「はぁ…」と

また呆れた様なタメを溢して

五右衛門風呂の説明をしだした





アオシ「板に乗ってから浸かるんだよ」





「・・・先に教えてよね」






お風呂の話しを聞きに行った時に

「うちは五右衛門だからな」と

言っていた事を思い出したけど…






「・・・坊守みたいに

  お寺の専門用語かと思ってたんだもん」






アオシ「・・・まっ…知らないだろうな」






おじさんは小さく笑ってそう言うと

時代劇に出てきそうな木のおけを手に取り

湯船からお湯を掬い

冷えた私の背中にかけながら

「風呂上がったらさっさと寝ろ」と言って

浴室から出て行った…






「・・・何もしないで出て行くわけ…」






閉まったドアに顔を向けてそう呟き

おじさんが渡してくれたタオルを

身体から離して自分の身体に目線を落とした




モデル級にスタイルが良いわけでも

グラビアアイドル並みに

セクシーなボディーラインでもないけれど

そんなに貧相な身体でもないのに

全く興味無さそうに振る舞う

おじさんに「なによ…」と呟き

板に足を乗せてゆっくりと身体を

湯船に沈めてみた…






「・・・熱い…」






寒い浴室からこの熱い湯船に体を移動させると

全身の毛穴がカッと開くような熱さに

不思議と心地良さを感じていて

まるで露天風呂みたいだなと思った瞬間

湯船に一本の縮れた毛が浮いているのを見つけ

「もうッ!」と言って

手でお湯をバシャバシャとて

毛を湯船から追い出した






( ・・・これが毎日続くわけ? )





このお寺に足を踏み入れてから

まだ7時間も経っていないのに

まるで決算月をやり終えたような

疲労感を感じていた…





夕方には夕食が出され

いつもよりも早い時間の食事に

お腹の空きもそんなになく

慣れない場所に慣れない風習…

緊張疲れで箸の進みも悪く

「お口に合わない?」と

おじさんのお母さんに言われ

慌てて口に運んだが…





「・・・和食だけど…」





和食って言うよりも…

質素な感じの食卓に

味覚の方が物足りなく感じていた





「・・・音も立てるなとか言うし…」





まるで修行僧にでもなった気分だと

思いながら「はぁ…」と

口を大きく開けてタメ息を吐き

虫の鳴き声の聞こえる浴室で

今朝まで泊まっていた

ビジネスホテルの

ユニットバスを思い出しながら

「一緒とか最悪」と呟いていた自分に

苦笑いが出てきた





「まさか…こんな所だとはね…」






何もかもが想像と違い

明日の朝…目が覚めれば

まだホテルのベッドの上で

全部、悪い夢でしたと

ならないかなと

そんな事を考えていると…






アオシ「おい!明日は4時半起床だからな」





「・・・・よっ…4時半…」






ドアの向こうから聞こえてきた声に

ビクッと驚いたけれど

言葉の意味を理解していき

「えっ!?」と顔が歪んでいった…







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