慢…

〈ユメノ視点〉










アオシ「・・・お前は…」





「・・・・・・」






おじさんは交通量の多い道路から離れ

山沿いの道をずっと…

何も言わないまま走っていて

窓から見えるなんて事のない

森や空の風景をボーっと眺めていたら

次第に涙は止まっていき…





少しガタガタと揺れる山道の中で

後藤君との事や神宮寺先輩の事…

まるで教会なんかで自分の過ちを

神父様に懺悔をする人達の様に…

おじさんには全てを話していた…






アオシ「・・・バカな奴だとは思っていたが…」





「・・・・・・」






おじさんが優しく慰めてくれるなんて

甘い期待は持っていなかったけれど…




落ち込んでる今

あまりキツイ言葉を聞けるほど

強くもないから

顔を窓に向けたまま

脚の上にあるバックをギュッと抱き寄せた






アオシ「でっ…仕事も辞めて?

   まだギリギリ勤めてんのか…」






「・・・・・・」






アオシ「部屋は今日で追い出され

   明後日から住む予定だった部屋は

   無くなったって…

   現実にそんな奴ホントにいんだな…笑」






少し呆れた様に笑ってそう言うと

工事途中の空き地の様な場所に車を止めて

「はぁ…」とまた呆れたタメ息を溢して

ドリンクホルダーに置かれたタバコを手に取っている





助手席側の窓を全開にして

臭いですアピールをしても

しれっとした様にタバコに火をつけて

杉の木に囲まれた周りに目を向けながら

「お前はバカだな…」と小さく呟いた






アオシ「その場しのぎみてぇな事しか出来なくて

   後先考える頭はねぇし…」






「・・・・分かってるわよ…」

   



   


アオシ「分かってもない癖に

   分かったフリをして周りや時間が

   どうにかしてくれるのを待ってんだろ…」






「・・・・・・」






アオシ「ベンチに座ってたって

   何も話はすすまねぇぞ…」






まるであのベンチにずっと座っていたのを

知っている様な言葉に少し驚いて

おじさんに顔を向けると

いつものスーツ姿ではなく

深い緑のニットを着ていたから

今日は休みなのかなと思った…





「・・・おじさん…休みなの?」






アオシ「・・・人の話聞いてんのか?」






「だって…今日平日だし…

  普通のサラリーマンは仕事のはずじゃ…」







おじさんは眉間にシワを寄せて

コッチを見ているけど…

あのバス停に現れた時から不思議だった…





いつものあのお高いスーツの感じじゃ

もっと…いい車に乗ってそうなのに

今私が座っている車は

軽自動車の中でも更に小ぶりなデザインで

年配者がよく乗っていそうな車だったから…






( ・・・社用車でもないよね… )






アオシ「・・・お前とは違って

   ちゃんとした理由でここにいんだよ」





「・・・・ちゃんとした理由って?」






おじさんの方に体を寄せて

そう問いかけると

おじさんは目を細めて

口の中にあるタバコの煙を吹きかけてきた





「ちょッ……ケホケホ…臭い!最低!」





パッと窓の外に顔を向けて

爽やかな空気を吸っていると

「人の事はいいから自分の事を考えろ」と

機嫌の悪い声が聞こえてきて

「なによ…」と唇を尖らせた…






アオシ「会社辞めてどうやって部屋借りるんだ」





「・・・まだ…辞めてないし…」





アオシ「物件によっては

   在職証明書がいるぞ?」






保険証の提示だけで終わるのかと思っていたけれど

在職証明書が必要となると…

難しい気がしてきた…






アオシ「働いてねぇ奴に部屋なんて貸さねぇし

   部屋と仕事を見つける間は

   友達の所を点々とでもすんのか?」






「・・・・・・」






麻梨子の部屋には

今週末の顔合わせのために

お母さん達が泊まりに来ているから

今日から週明けまでは行けないし…

ビジネスホテルに連泊をしても

お金は減っていく…





( ・・・敷金とかでまたお金いるしな… )






明日から直ぐにでも就職活動をしなければ

マズイ気がしてきて

今の自分の立場が急に現実味を帯びてきた…






「・・・とりあえず…

  ビジネスホテルに泊まって

  明日から就活をして…

  仕事が決まったら直ぐに部屋を… 」






冬のボーナスも無くなり

2年目の私の退職金なんて雀の涙程度だろうと

考えたら一気に怖くなってきた…





家具家電付きの物件でも

初期費用はいるし…

日雇いの仕事を探した方がいいかな…





仕事が見つかっても

給料は1ヶ月後にしか入ってこないし

どうしようかと顔に手を当てていると

隣りから視線を感じ顔を向けると

おじさんが目を細めたままコッチを見ていて

「バカな奴だな」とまた呟いた…





せめて冬のボーナスをもらってから

辞めればよかったと後悔をしながら

「我慢すれば良かった…」と言うと

「お前は慢だらけだな」と笑う声が聞こえた





「まん??だらけ??不満ってこと?」






アオシ「慢、過慢、慢過慢、我慢 

   増上慢、卑慢、邪慢…」






「・・・へっ?」






アオシ「自分に寄って来る男に何の疑いもなく

   多少なりとも自分に

   自惚れている部分があるから

   今回みてぇな事になるんだよ…

   まさに我慢だな…笑」






おじさんの言っている事が分からず

「我慢?しろって事?」と首を傾けると

おじさんは鼻で笑って

「我慢っていうのはな…」と

さっきの言葉の意味を説明してくれた…





アオシ「つまり7つの慢ってわけだ

   お前は4段回目の〝我慢〟だな」





「・・・なにそれ…」





おじさんが私に言う我慢とは

自分の心や体に永遠不変だと自信満々に

思い込んでいて自惚れている状態を言うらしく…






「アタシの知ってる我慢の意味と

  全然違うんだけど!!」





アオシ「お前の知ってる意味の我慢なら

   お前には当てはまらない言葉だろうな」






「なッ!?」






おじさんの言っている事は…

その通りだけど…





おじさんと顔を合わせるのは

あのキスの夜以来で…

もっと…こう…

何か変わるのかと思っていたけれど

おじさんはキスをする前と

何一つ変わってなくて…





神宮寺先輩達の様に

私に何かを求めて来る事もないし

そんな雰囲気を作ろうともしない…






「・・・なによ…」



 



そう呟いてまた窓の外に顔を向けていても

帰りたいとは思わないし

この誰もいない山道の中…

おじさんといるこの空間は

居心地が良かった…





アオシ「根無草か…」





隣りでそう呟くのが聞こえ

私の事を言っているんだと思いながら

まだ帰りたくない私はずっと

空を見上げていると…






アオシ「・・・仕事…するか?」





「・・・・へっ?」





アオシ「住み込みの仕事だ」






顔をおじさんに向けて

「住み込み?」と問いかけると

おじさんも運転席から空を見上げていた様で

ゆっくりと顔をコッチに向けながら

「来年の春まで」と言ってきた






アオシ「食事と寝る場所も与えてやる」





「・・・・・・」





アオシ「来年の春まで…

   仕事をやりとげたら50万やるよ」






「・・・・えっ?」



















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