〈ユメノ視点〉










マモル「いらっしゃッ……」






不動産屋に入り

後藤君をジッと見ながら立っていると

店長さんが「いらっしゃいませ」と声をかけてきた






店「八重桜様でしたね…

   新しいお部屋をお探しですか?」





「新しいお部屋?」






明後日にはここで鍵を貰う事になっている私に

何の新しい部屋が必要なのか分からず

後藤君から店長さんに顔を移すと

「八重桜様…」と後藤君の声が飛んできて





マモル「キャンセル分の

   お金のお引き取りに来られたんですよね?」





と慌てた様に私と店長の間に立ち

「アチラにどうぞ」と端の席を指さすから

「キャンセルって何?」と問いかけた





マモル「・・・ですから…」






「・・・・明後日の入居の部屋は?」






店「入居?」






「先々週に契約したマンションです」






嫌な予感がして店長さんに

体ごと向けて問いかけると

店長さんは少し顔を歪めて後藤君を

チラッと見た後に

「八重桜様…キャンセルでは?」と

確認してきたから

首を大きく横に振って

「キャンセルなんてしてません」と言った





後藤君は契約をした翌日に…

私と神宮寺先輩の姿を見て

私の契約を勝手に…

キャンセルにしていた…





「・・・部屋は?」





直ぐに再契約出来るか調べてもらうと

私が住もうとしていた部屋は

別の不動産会社の方で既に

賃貸契約が結ばれていて

明後日から私が住む予定だった部屋は…

もう別の誰かの物になっていた…






( ・・・嘘…でしょ… )






店「直ぐに案内出来る物件をピックアップ致します」






店長さんがスーツのボタンを締め直して

他のスタッフに指示を出しているけれど

あんないい条件であんなにお得な部屋は

そうそう見つからず…




悪い夢の中にでもいるのかと思いながら

半分放心状態でいると

スマホのバイブ音が聞こえてきて

会社からかなと手に取ると

相手は桔平からだった…





「・・・・・・」





本来勤務時間中の筈の桔平が

私に電話をかけてくるなんてありえず…

余程の事だと理解したし

このタイミングでの着信に

用件も何となく分かっていた…




着信を告げる画面が終わり

1分もしないで桔平からのLINEが届いた…





【 浮気してたの? 】





「・・・・浮気は自分じゃない…」





桔平とは会社関係の合コンで出会ったから

あの噂を耳にしても不思議じゃないけれど…





( 早すぎじゃない… )





まだ時計は11時前だし…

噂を耳にしても午後の筈だと考えていると

もう一度桔平からの着信画面へと切り替わり

「はぁ…」とタメ息を吐いて

通話ボタンを押してお店の外へと向かった






「もしもし…」






キッペイ「急に引越すって、そう言う事!?」






電話の向こうから聞こえてくる

桔平の声は今まで聞いた事のない位に怒っていた






キッペイ「過激なサービスってなんだよ?

    だいたい、神宮寺って奴とも…

    お前何またしてたわけ?」





「・・・神宮寺先輩の名前…なんで知ってるの?」





キッペイ「えっ?噂だよ…」





「・・・うわ…さ?」






噂にしては早すぎるし

名前まで確実に広まらない気がした…

別会社の人間にはせいぜい

会社の先輩とも関係があったらしい…

こんな感じにしか回らない筈だ…






「・・・桔平の浮気相手って…

   もしかしてうちの会社の子なの?」





キッペイ「はっ??」






「だから!

 仲良く遊園地デートに来ていたあの黒髪の子よ!」







桔平は私の言葉に何も言わなくなり

黙ったままだったから…

当たりなんだと分かった…





きっと別フロアの子なんだろうと思い

向こうはアタシの事を知っていて

ずっと…笑っていたのかなと思った…





( ・・・なんで… )






キッペイ「お互いそうだったんだから…

    早く離れて正解だったのかもな…」






( 一緒にしないでよ… )






自分は3ヶ月以上も前から

そうだった癖に…

私を裏切ってた癖に…






アオシ「お前に問題があるんだから」





( アタシの問題って…なに? )






桔平とちゃんと付き合っている時には

こんな風に他の誰かと

何かあったなんて一度もない…

 






キッペイ「・・・部屋…

    俺が帰るまでには荷物も全部出して

    そのサービスしてやった

    不動産野郎との部屋に運んでくれよな」






「・・・・・・」








桔平の言う新しい部屋は…

誰かの物になっていて

もう私の物じゃない…




会社だって…

あんな噂が広まっているのに

普段通りに出勤して仕事をするなんて…

アタシには無理だった…





( 辞めてやると思った… )





そう思っていたからこそ

神宮寺先輩にあんな事も言って

帰って来たんだから…






( ・・・・今のアタシは… )







キッペイ「・・・23時には帰るから

    それまでには全部出して

    鍵もポストに入れててくれよ」







恋人も…仕事も…住む場所も…

一つずつ…失っていった…








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