一つずつ…

〈ユメノ視点〉










「・・・・へっ…」






会社に着くと何故か見られている気がして

何か大きなミスでもしたかなと

早足で自分の部署へと向かい

「おはようございます」とフロアに足を

踏み入れた瞬間パッと皆んなが

顔をコッチに向けて来た






( ・・・ホントに何かした? )






歩幅を小さくして

様子を伺いながら自分の席へと

近づいて行くと「遊んでそうだしね」と

聞こえてきて…





何がなんだか分からず

顔を下げて自分のデスクに何かが

ある事に気付き駆け寄ると…





「・・・・・・」





女「神宮寺先輩って彼女いるよね」




女「彼女持ちに手だすとか最悪…」






私のデスクには

A4サイズの紙が2枚置かれていて…

上にはFAXコードが印字されていたから

私宛に送られてきたんだと分かった…




1枚はマジックで大きく

私の部署と名前が書かれていて

その下には彼氏に浮気をされた腹いせに

不動産会社の男の子に近づき

過激なサービスをして

初期費用を抑えさせたと書かれ…




もう1枚の紙には

私と神宮寺先輩がキスをしている写真が

大きく引き伸ばされていた…





( ・・・・これ… )






何となくは状況を理解できているのに

誰が…や…何でと言う事を考えようとすると

目の前がノイズがかかった様になり

足元がふらついてテーブルに手をついた…






男「見た目じゃわかんねーな…」






聞こえてくる周りの声に

「違う!」と過激なサービスなんてしていないと

言いたいのに上手く言葉にする事が出来ずに

体中が震えていて…




「八重桜」と課長の声が聞こえ

ゆっくりと顔を向けると

険しい顔をした課長が「来なさい」と言って

私をミーティングルームへと連れて行った



 




「かっ…課長……あのっ…」






課「・・・・アレは…なんだ?」






課長はミーティングルームに入ると

ブラインドを下げ…

振り返って私を見る目は

いつもの様な厳しさとは違っていて

軽蔑でもしているかのような目をしている…






「アレは…誤解です…」





課「・・・・・・」






課長は黙ったまま私をジッと

睨む様に見ると「誤解?」と小さく呟いた






課「では、君は不動産屋で

  契約なんかはしていないんだね?」





「・・えっ…いえ…引っ越しは…」





課「契約はしたのか、してないのか?」






「・・・しました…今週末に引っ越します…」






課「担当したのは男の担当者なのか?」






まるで取り調べの様な

問いかけに一緒口籠もると

課長は「どうなんだ?」と

声を上げたから怖くなり

「はい…」と返事をした…






課「それで?」





「・・・・へっ…」





課「何か特別な待遇を受けたのか?」





「・・・・・・」






初期費用は…

本来…25万円ほどかかる予定だったけれど

後藤君の計らいで10万円もかからなかった…






( ・・・でも…過激なサービスは… )






していない…と思った瞬間

あの夜のキスが頭をよぎり

自分の顔から

血の気が引いていくのが分かった…






課「・・・特別な待遇を受けたんだな?」





「・・・でも…過激なサービスというか…」






「あの…」と言いかけると

「アレは事実なんだな?」と

課長の怒鳴る様な声にかき消され

ビクッと体中が揺れた…






課「はぁ…何をやっているんだッ!

   会社の名前も部署も…丸わかりで…」






( ・・・違う… )






皆んなが思っている様な事はしてないけれど

ハッキリと違いますと言えないのは

あの夜のキスのせいで…

   




( ・・・何で…受け入れたんだろう… )





手をギュッと握りしめて

顔を下に下げていると

課長のタメ息と共に聞こえてきた

小さな呟きに「えっ…」と顔を上げた…






課「・・・はぁ…今日は帰ってろ…

   後から…話し合ってから連絡する」






「・・・・・・」

   





課長から荷物を持って帰る様に言われ

下唇を小さく噛みながら「はい…」と

返事をしてミーティングルームから出ると

外にはスタッフが数人立っていて

ヒソヒソと話していた…





( ・・・違うわよ… )






課「神宮寺にまで言いよって…」


 



 

皆んなも…課長も…

まるでアタシが…後藤君と神宮寺先輩を

たぶらかしたみたいに言うけれど…






( ・・・アタシじゃないわよ… )





悔しくて自分の目に少しずつ

溜まっていく涙を見られたくなく

俯いたまま早足で自分のデスクに向かうと

神宮寺先輩が他の先輩達から

円を組まれて質問責めにあっていた…





トオル「いや…泣きつかれて相談されたんだよ…」






聞こえてきた言葉に拳をギュッと握りしめ

ツカツカと足音を立ててデスクに近づき

バックを肩にかけてからパッと

囲まれている神宮寺先輩へと顔を向け

「泣きついた覚えなんてありません」と

睨む様にして言った






「何が妹みたいよ…気持ちが悪い!

  あのキスだって…

 イヤイヤだったに決まってるじゃないッ」






そう言ってフロアから出て行き

頬に流れてくる涙を手で拭き取りながら

「もうッ…」と止まってくれない

涙に文句を言ってエレベーターへと乗り込み

あのFAXを送って来たであろう

後藤君の元へと足を向かわせた





( ・・・・・・ )





初期費用の話は私と麻梨子と…

不動産会社の人間しか知らないはずだ…





一緒に送られてきていた

神宮寺先輩との写真はを撮ったのも

きっと後藤君だ…





たまたま見かけたのか何なのかは

分からないけれど…

後藤君とキスをした翌日に

別の男とキスをしていた私に

怒りを感じたんだろう…






「・・・どっちも望んでないキスよ」






私が…望んだキスは…

おじさんとのキスだけだった…








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