キス…

〈ユメノ視点〉










トオル「へっ!?浮気?」






「えぇ…まぁ…笑」







後藤君の時と同じ様に

桔平の浮気を知り別れようと

部屋を出て一人暮らしをするつもりだと

話しながら狡い女だなと自分で思っていた…





そう言えば皆んなは

アタシは悪くないと言って

同情して優しくしてくれると分かっている…







アオシ「運命だの前世だの占いだの…

   上手くいかねぇ恋愛を全部

   そんなもんのせいにしやがって

   お前に問題があるんだから

   くだらねぇ所に通ってないで

   自分磨きでもしろよな」





( ・・・・・・ )






おじさんには嫌になる位に

全部を知られていて…

あれが本当の意見なんだろうなと思った…




桔平は本当に浮気をしていたけれど

それを事実か確認する前に

アタシは桔平を疑い

心はアッサリと離れてしまっていて

バーで会ったばかりのおじさんに

運命なんて物を感じていたから…






「・・・・・・」






おじさんともあんな出会い方じゃなく…

普通に出会っていて

今みたいに浮気された可哀想な女の子として

会っていれば先輩や後藤君の様に

優しくしてくれたのかなと考えていると

「よしッ!」と言う先輩の声が耳に届き

ハッとして顔を向けると

神宮寺先輩はニッと笑って

「可愛い後輩の為に人肌脱いでやるか」と

瓶ビールを手に持ち私のグラスに継ぎ足してくれた







トオル「大学の時の友達で

   電気屋で働いている奴がいるから

  安くで売ってくれる様に口きいてやるよ」






「ホントですか?」






トオル「まだ入社2年目の八重桜に

   そんなに貯金がない事位分かってるからな…笑」



 



「あっ…助かります…笑」






先輩は会社で会う時よりも

話しやすくて

部活やサークルの先輩みたいだなと

思いながら楽しく食事をしていて

2時間近く経った時には

硬い敬語を遣う事はなくなり

「だから違うのッ!」と

タメ口をきいてしまっていて





頭の中では会社の先輩に対して

失礼かなと思っていたけれど

神宮寺先輩も笑って相手をしてくれていたから

私もついつい甘えていた






トオル「八重桜は…なんつぅーか…

   妹みたいにほっとけない感じだよな」






「・・・・そうですか?」







お会計に行く前に

伝票を手に掴んだ先輩がそう話しだし

少し…先輩が私をどう見ているのかが

分かった気がした…






( ・・・妹…みたいね… )






昔から知っていたり…

私の指導係だったりなら分かるけれど…





神宮寺先輩が私を〝妹〟みたいだなんて

感じる事はまずない…





私たちは毎日…

会社で顔を合わせるけれど

プライベートな会話をしたのも

食事をしたのも今日が初めてで…

私を妹みたいだと感じる瞬間なんて

どこにも無いはずだからだ…





最初ファイルの中のメモを見つけた時に

ドキッとした…





だって、ドラマや漫画なんかでよく見る

オフィスラブの醍醐味の一つだったから…





先輩が私を〝女〟として

誘っている事は分かっていたし

彼女とは別れたのかなと思っていたけれど…







マリコ「よく男が使うアレ!

   妹みたいなんだよとか言って

   頭撫でてきたり食事に誘ったり…

   アレは…無しだよね?」






「あぁー!保険かけてる男ね!

  飲みに行って万が一甘い雰囲気になって

  キスしても、ホテルに行っても…

  朝日が昇ったら…

  ヤッパリお前は妹みたいなんだよとか言う奴!」







先輩は彼女と別れたとは一言も口にしていないし

もし何かあっても…

先輩に彼女がいる事は会社中の人が知っているから

私だけ知りませんでした、なんてわけがなく…




お互い知った上でしょ…と

終わるのが目に見えて分かってしまった…






( ・・・運命の糸って… )





60%は中々会えないから

勿体ないと言っていた

あの占い師に…






「赤く濃ゆい糸が繋がっていても

  遊ばれるだけの関係もあるみたいよッ!」






と…文句を言ってやりたくなったけれど…

占いなんかを信じて桔平と別れるのかと

呆れていたおじさんの顔が頭をよぎり

運命なんて物は本当に無くて

糸も縁も…全部…

私達人間が勝手作った幻想なのかなと思った





お店を出て食事のお礼を伝えると

「次は手料理食わしてくれよ」と言う先輩に

引っ越した部屋に遊びに来る気なんだと分かり

内心で勘弁してよと思いながらも

家電品を安くで買いたいしと思い

「手料理は自信ないですよ」と

笑って誤魔化していると

「練習しとけよ」と近づいてくる顔に

嫌だと感じながらも…

後藤君の時と同じ様にキスを受け入れた…





部屋の為に後藤君とキスをして…

家電品の為に先輩とキスをして…





( ・・・アタシ…何してるんだろう… )





全くドキドキともしないキスに

まるでお金の為に

自分自身を売っている様な感覚になってきて

いつからこうなっちゃったんだろうと思った





あの占いの館になんて行ってなければ

桔平の浮気にも気付かないまま

笑って過ごしていたのかもしれないと

思いながら先輩が止めてくれた

タクシーに一人で乗り

「また明日」と頭を下げて

走り出したタクシーの中でぼーっ

窓から見える景色を眺めていた





昨日のバーガーショップの窓を

眺めている時と同じで…

探しているのは…たった一人だ…





「・・・・会いたい… 」





そう呟いてタクシーを止めてもらい

何処にいるかも分からない

おじさんをフラフラと歩きながら探した






( ・・・バーは月曜日は休みだった筈だし… )






連絡先位聞いておけばよかったと思い

首をキョロキョロと動かしていると

「蒼紫君」と声が聞こえ

声のする方へと足を向かわせると

飲み屋のママさん風な貫禄のある

おばさんと話しているおじさんの姿を見つけた





「・・・いた…」





確かに探していたけれど

本当に会えるとは思っていなくて…




片手をスーツのポケットへと入れて

口の端を上げて笑っている

おじさんの姿を見ながら

ギュッとバックを持つ手に力を入れた





( ・・・・・・ )





後藤君も…先輩も…

無理矢理キスしてきたわけじゃない…




かわそうと思えば避けれたし

断る事だってできた…




受け入れたのは自分だし

狡い事を考えて利用しようとしていた

アタシが傷つくのは間違ってる事だって

ちゃんと…分かってる…






( ・・・だけど… )





「・・・・・・」






視線を感じたのか

おじさんが顔をコッチに向けて

目を見開いて驚いた表情をしていた…





多分…私が泣いているから…





何となく今は話しかけちゃダメな気がして

踵を返して顔を下げたまま

ある場所へとゆっくりと歩いて行った…






おじさんは…私と外で話したり

二人でいるのを見られたくない様で

前回食事した時も…バーでも

建物から出たら直ぐに

離れて一人で帰って行った…





( ・・・・・・ )





マンションへと続く道の途中にある…

街灯も少ししかない…小さな公園…




おじさんと2回目に会った時に

お弁当を食べた場所だった…





一人で入るには少し…

勇気のいる暗さだけど…

公園の中へと足を進め

以前座ったベンチに腰を降ろし




コツっと聞こえてきた

靴音にパッと顔を向けると

何か言いたそうな顔で

コッチを見ているおじさんの姿があった…






「・・・・・・」



 



アオシ「・・・・お前そのうち襲われるぞ?」






誰もいない暗い公園を見渡しながら

呆れた様にそう呟くと

「はぁ…」とタメ息を吐いて

以前と同じ様に隣りに置いてある

ベンチに腰を降ろし

胸ポケットに手をいれているから

タバコを吸うんだと分かった





「・・・タバコ…臭いから嫌い…」





アオシ「じゃあ…離れろ」






( ・・・・・・ )






タバコは臭いし

吸っていないコッチにも

副流煙なんて物で害を撒き散らすから

大っ嫌いだった…





タバコを吸う男の人とは付き合った事はなく…

タバコを吸う時点で対象外だったのに…





離れろと言われても…

離れたくなかった…

むしろ…別々のベンチに座っている

この距離も遠く感じている…






アオシ「・・・ふぅー…

   今度は泣くほど変な相手だったのか?」






「・・・えっ?」






アオシ「数時間前は粧し込んで

  楽しそうに歩いてたぞ?笑」







きっと待ち合わせのあのお店に

歩いて行ってる姿を見られていたんだと思い

余計に何も言えなくなった…





土曜日にはリップ男と

デートをしていたのを知られているし…

2日経った今日…

また違う男と食事をしていた私を

どんな風に見ているのか

何となく分かったから…





別に…おじさんに

慰めてほしかったわけじゃない…




何か言ってほしいわけでもなく

ただ…隣りにいてほしかった…





「・・・・・・」





何も言わないまま座っていると

おじさんはタバコを吸い終わり

立ち上がったのが分かって

帰るのかと顔を上げれば

「なんか飲むか」と公園の少し奥で

薄っすらと光る自販機を指差している







アオシ「オレンジジュースか?笑」





「子供じゃないんだから!

  ホットコーヒーがいい!!」


 




揶揄って歩いて行く

おじさんの背中を追って

小走りでついて行くと

自販機の周りには

光りに集まってきている虫が沢山いて

「ヒィッ…」と言いながら

手で虫を避けると

「大袈裟な奴だな」と

おじさんは気にする素振りもなく

缶コーヒーを2本買って

1本を私に差し出しながら

「ガキの頃に虫取りしなかったのか」と

問いかけてきた






「虫とりの虫とは種類が違うわよ!

  蛾とかはダメなの!飛ぶのは苦手よ…」





アオシ「ふっ…お嬢かよ…笑」






おじさんの言葉に「ん?」と思いながら

後をついて行きまたベンチに腰を降ろす

おじさんの隣りに私も腰を降ろした…






アオシ「・・・なんでコッチに座るんだよ」






「・・・夜に大きな声で話してると

   近所迷惑じゃない…」






周りに民家なんてなく…

なんの迷惑なのかと自分でも

間抜けな言い訳だなと思うけれど…






( ・・・近くにいたい… )






おじさんはまたタメ息を溢しながら

ブラックコーヒーを飲んでいて

「それ飲んだら帰れよ」と言ってきたから

「なによ…」と子供扱いしかしない

おじさんをムッと睨みながら

チビチビと缶コーヒーを飲んだ





普通…泣いてる女の子…

異性に対して男だったら

優しく頭を撫でるとか

話しを聞いてあげるもんじゃないのと

唇を尖らせながら言うと

おじさんは「はっ…笑」と

鼻で笑っていて

更に唇は尖っていく…





アオシ「もう飲み終わっただろうが」






「・・・・・・」





おじさんはコーヒーを飲み終わり

私の隣りでタバコを1本吸い終わっていて…

いつまでもコーヒーを手に持って

口に運ぶ私に目を細めている…





アオシ「明日も仕事だろうが」





腕時計に目を向けて

「早く寝ろ」とまた子供扱いをする

おじさんに「私は24歳よ」と

怒って立ち上がり…





おじさんの上に向かい会う形で座ると

おじさんは眉を寄せて私を見上げている…






アオシ「・・・こんな場所で

   人の上に座るのは公園で遊ぶガキ位だろ」






「・・・・・・」







普通なら…こんな体勢なら…

神宮寺先輩達みたいに

顔を寄せてキスをしてきそうなのに

おじさんは、そうはしないと分かってる…





( ・・・・・・ )






いくら目を見つめても

身体を寄せても…きっと…

おじさんからは…してこない…





「・・・おじさんって…意地悪だよ…」






そう言って自分から

顔を寄せておじさんにキスをすると

ブラックコーヒーとタバコの苦味を感じ

嫌な筈なのに、もっとと言うかの様に

おじさんの首に腕を回して

深いキスを求めた…





「・・・チュッ……ッ…んッ…」






急に腰と背中を抱き寄せられ

唇を割って入ってきた舌に

タバコの苦味をより一層感じ

「ン…」と声を漏らすと

唇が一度離され

おじさんの顔を見下ろしながら

「タバコの味がする」と文句を言うと

「なら離れろ」と言うおじさんの表情は

怒っているわけでも楽しんでいるわけでもなく…

ただ…私を見上げているだけで

私が離れればアッサリとキスをやめるだろう…






「・・・いじわるジジイ…」






そう小さく呟いてから

またタバコの味のする

おじさんの唇に自分の唇を重ねた…

























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