糸…

〈ユメノ視点〉










「はぁ…次は家電品かぁ…」






トオル「家電品がどうした?」






古い書類のファイリング整理を頼まれ

ダラダラと目と手を動かしながら

2週間後にはベッドも冷蔵庫もない

1LDKに引っ越す事を考えていると

後ろを通りかかった神宮寺先輩が声をかけてきた






「あっ…お疲れ様です」






トオル「週明けの月曜日から疲れた顔して

   土日遊びすぎたな?笑」






そんなに顔に出ていたのかと

手を顔に当てながら「すみません」と言って

背筋を正すと神宮寺先輩から

「家電品でも壊れたのか」と問いかけられた






「壊れたと言いますか…あの…」





トオル「ん??」






今まで仕事の会話しかした事のない

神宮寺先輩に同棲中の彼氏と別れて

一人暮らしをする事になったんです…

なんてプライベートな話をするのも

変な気がして口籠もっていると

先輩は私の手元のファイルに目を向けて

「定時で終わらせろよ」と言い

そのまま自分の席へと戻って行ってしまった






( ・・・せっかくのチャンスが… )






60%の相手である

神宮寺先輩と話す機会はそうそうないから

もっと上手く話しを続ければよかったなと

少し残念に感じながら

やる気の出ない書類整理を続け…






運命の神様も

もう少し手を貸してくれたっていいじゃない

なんて事を思っていた…






定時前には整理を終えて

明日のto doリストを付箋に書いて

PC画面の横に貼りつけていると

「コピー頼むぞ」とクリアファイルに入った

書類がデスク脇に置かれ

「はい」と顔を向けると書類の上に

青い付箋メモが貼られていて…





「・・・・へっ…」





ファイルを置いて行った

神宮寺先輩の方に顔を向けると

先輩は自分のPC画面に目を向けて仕事をしている





( ・・・・これ… )





付箋にはお店の名前であろう

英語のスペルが並べられていて

その下には19時に予約をしていると

小さな文字で書かれていた…




数時間前に「定時で終わらせろよ」と

言われた事を思い出し

まさかと思いながら

コピーをした書類を持って

神宮寺先輩の所へ行き

「コピー終わりました」とクリアファイルを

差し出し先輩の様子を伺うと

先輩は付箋に私が書き込んだ問いかけを見て

小さく笑うと…






トオル「コピーは八重桜に頼んだから…

   そうだろうな?笑」






「あっ…はい…」






私はさっきの付箋に

私で合ってますか?と書いていて…

そうだと笑っている神宮寺先輩の笑顔に

少しだけ顔が熱くなるのを感じながら

頭を下げてパタパタと自分の席へと戻った







( えっ…なに…なんで!? )







いきなりの展開に驚きながらも

60%の相手である先輩との食事は

自分にとって好機な筈だと思い

定時になった瞬間にバックを持って

上の階の女子トイレへと駆け込み

念入りにメイク直しをしていた





アタシみたいに

彼女とうまくいってないとか?

実は別れちゃってたとか?





グルグルと色んな事が頭の中を回る中

さっきのお店の名前を書き写していた

付箋メモをポケットから取り出し

どの辺りかスマホで調べようと

バックの中に手を入れると

指先に何かが引っ付いたのを感じて

手を取り出すと…






「・・・・蒼紫さん…か…」






二日前にあのバーでおじさんから

名前を書いてもらった付箋メモだった…





まるで習字の達人が書くような

癖のある字は…

何処となく品がある気がして

さっきの神宮寺先輩のメモと比べても…






「・・・綺麗だよね…」






目線を付箋から鏡の中に映る自分へと移し

胸の奥でザワザワと感じている違和感を

鏡越しの自分に問いかけてみた





「・・・おじさんは違うの?」





鏡の中の自分が答えてくれるはずもなく

見えているのは残念そうに

眉を下げている自分の姿だけで

「はぁ…」とタメ息を吐きながら





( 恋ってこんなに疲れたっけ? )





と…ここ数日の

リップ男とのありえない遊園地デートや

おじさんとのバーや

後藤君とのキス…

そして、今から行く

神宮寺先輩との食事を考えると

何だか疲れるタメ息しか出てこなかった…







アオシ「お前と俺じゃ住む世界が違うから

   名前なんて知ったって意味ないぞ?笑」







「・・・・なによ…オヤジの癖に…」







そう呟いておじさんの名前の書かれた

付箋メモを小さく破ると

手洗い場に設置してあるゴミ箱の中へと

パラパラと落としていき





全く相手にしてくれないおじさんとは

運命の糸は繋がってないのかもしれないなと

思いながらトイレから出て行った







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