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〈ユメノ視点〉
「名前教えてよ!」
この前の様に右から2番目の席に座る
おじさんの隣りの椅子を引くと
「アッチに座れ」と面倒くさそうに
胸ポケットに手を入れて
タバコを取り出そうとするから
「臭いから吸わないでよ」とその手を掴むと
更に目を細めて「アッチに行け」と言われた
「・・・なによ…」
引いた椅子を戻して一個間をあけて座ると
シルバーのジッポをカチッとあけて
「もう少し離れろ」と言ってきたから
「何処に座ろうと勝手でしょ」と
唇を突き出して言うと
「臭いついてもしらねぇからな」と
タバコに火を灯したのを見て
隣りの席にズレて座り直した
アオシ「・・・・なんで近づくんだよ」
「臭い」と言った私に臭いがうつらない様に
離れろと言ったのが分かり何となく嬉しくて
「遠いと話せないじゃない」と言って
おじさんの横に並んで座り
お酒を注文した
アオシ「・・・土曜日のこんな時間になにしてんだ?」
おじさんの言葉に「アッ!」と思い出して
顔おじさんに向けて「どう?」と
右手の人差し指を唇に軽く当てて聞くと
何がだと言う顔でコッチを見ていたから
「この唇に何か問題ある?」と問いかけた
アオシ「・・・別に…」
「そうじゃなくて!リップ塗り直せよとか!」
アオシ「もう少し薄い品のある色をつけたらどうだ?」
返ってきた予想外の言葉に「はっ?」と言うと
おじさんは肘をついた右手にタバコを持ち
私の顔をジロジロと見て
「落書きみてぇなメイクだな」と
呆れた様に笑うから
「らっ…落書き!?」とまた手鏡を取り出して
鏡の中を覗いていると
アオシ「目もバサバサとうるせぇし
頬も唇も偽物の発色で温泉旅館とかに
売ってる人形みてぇだぞ?笑」
「おじさんには分からないのッ!
何よ…何なのよ!オヤジ!じーさん!」
アオシ「じーさん?笑」
マスターが私たちの前に来て
頼んだお酒を静かに差し出しながら
「あんまり虐めたら可哀そうですよ」と言って
最後に…「あおしさん」と呼んだのが聞こえ
「あおし?」とおじさんの顔を覗き込むと
小さく舌打ちをして「呼び捨てかよ」と
タバコの火を消していた
「字は?どんな字を書くの?」
アオシ「・・・・・・」
私はバックからボールペンと
小さな付箋型のメモ帳を取り出して
おじさんに「字!」と言って差し出すと
乾杯もせずにグラスを持ち上げて
飲もうとするから
「待って」と自分のグラスを
おじさんのグラスに軽く当てて
「乾杯しなきゃ、どんなお酒も不味いわよ」
と言ってからボールペンとメモ帳をもう一度
差し出すと「はぁ…」と言って
メモ帳にサラサラと書いてくれた
「蒼…紫……
おじさんの名前って綺麗だね」
アオシ「ふっ…綺麗?」
「うん…見た目も響きも綺麗…」
メモ帳をジーッと見ながらそう言うと
おじさんは何も話さないまま
何かを考えながらお酒を飲んでいるのが分かり
話しかけない方がいいかなと思い
液晶に流れているモノクロの映画を
ぼーっと眺めていると15分ほどして
「楽しいか?」と問いかけてきた
「楽しいっていうか…
この映画見た事無かったし…
女優さんは可愛いし…」
目線を液晶に向けたままそう言うと
おじさんも映画に目を向けたのか
また何も話さなくなり
二人で身分差のあるモノクロ映画を
見ていると「映画の中だけだぞ」と
隣りで呟いているのが聞こえ
「え?」と声だけで問いかけると
アオシ「育った環境も違うのに
どうやってお互いを理解するんだよ」
字幕が読めなくなるから
画面から目線を外したくなかったけれど
おじさんの言っている言葉に
この前の言葉を思い出して顔を向けた
アオシ「王女として暮らしてきたこの女が
ただの一般市民で育った記者の男と
将来を共にするなんて無理なんだよ」
「・・・・そうかな?」
アオシ「ふっ…朝起きた瞬間から寝る瞬間まで
全く違う世界なんだから
上手く行くわけがねぇよ…笑」
「・・・でも…
寝て起きてご飯を食べてまた寝る…
人間としての生きるサイクルは一緒なんだから
そんなに変わらないんじゃないかな?」
おじさんは画面に向けていた顔を
ゆっくりとコッチに向けてきて
ジッと私の目を数秒見つめた後に
「イヤなガキだな」と少しだけ
悲しそうな目で笑っていた…
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