4-6
僕は絞り出した声を彼女にかける。
「松喜、キミは認めるんだな? 自分が黒幕だっていう事実を。『停滞』の心魔を使って、うちの学校を支配していたっていう事実を」
「ええ」あっけなく彼女は答え、こうもつづけた「それが何?」
さもつまらなそうに松喜が鼻を鳴らす。その瞬間。
「――グッ!?」切迫した式部の呻き声。僕は思わず彼女の方へ目を向ける。
式部は横に跳躍していた。少し前に彼女が存在していた場所では土煙が舞っている。
一手遅れて、僕は『その存在』を認知する。さきほどまでは姿形さえなかった『その存在』。
人型の泥人形のような物体が、式部がいた場所に向かって右腕を振り下ろしていた。
……アレは、まさか――
刹那。低い体勢で腰を屈ませていた式部が右手を天に向け、空中で刀――彼女の心魔を具現化させた。颯爽とソレを掴み取った彼女は泥人形に向かって突進し、斜めに斬り下ろす。
土人形の首が吹き飛び、地上に残った奴の五体がボロボロと崩れ落ちた。
式部は突如訪れた奇襲を間髪で回避し、敵に返り討ちを喰らわせたのだ。
『停滞』の心魔を、斬ったのか? だとしたら、あまりにも呆気ない幕切れ――
「やるじゃない狐さん。見とれちゃう動きだわぁ」
クスクスクスクス。松喜が煽るような笑い声を漏らしていた。僕は彼女に目を向ける。
彼女は足を斜めに交錯し、片足立ちの佇まいで口元に手をあてがっていた。あまりにも余裕しゃくしゃくな彼女の態度。でも、それよりもはるかに気になる存在が彼女の背後ろに。
「……ソレが本体ってワケだね」
式部が声を向けた先。松喜の背後には見慣れぬ怪異が空中を漂っている。
『ソレ』は人のようなナリをしていた。黒と白を基調にした和服をだぼつかせ、しかし下半身を持っていなかった。
『ソレ』の顔は達磨のように丸かった。大きな瞳は真っ黒に塗りたくられており、口は有さない。着物の袖口から覗かせる両手は人肌というより、木彫りのような素材で構築されていた。
『ソレ』は、今まで僕が見た心魔と比較するとあまりにも小さかった。バケモノと称するのも憚られるほどひ弱に見える。それが逆に不気味だった。
真顔に直った松喜が、うんざりしたような声を再び。
「回りくどいことなんかせずに、はじめめからこうすれば良かったわ」
松喜の背後ろに存在する怪異が、くいっと、少しだけ指を動かす。すると。
「……なッ――」
式部の周囲で地面がせりあがり、土くれがニョキニョキと人の形を為していく。それも、一か所じゃない。土人形が、1,2,3……、計六つ。式部を取り囲む恰好となった。
「私を邪魔するゴミは、ゴミ箱へ」
クスッ。松喜が不敵な笑みをこぼす。
土人形が一斉に右腕を振り上げた。逃げ場のない式部を叩き潰すつもりだろう。
「式部ッ!?」僕は思わず彼女の名前を叫ぶ。彼女は狐面を空へと向け、グッと腰を屈ませた。――かと思うと、土人形たちの腕が今まさに振り落とされる寸前、彼女は天に向かって直立に跳躍する。ドスッ。標的を失った土人形の拳が地面を打つ音が重く響いた。
高らかに空中を舞った彼女の五体が上昇し、停留し、下降し――紺のスカートをバサバサと大仰になびかせながら、彼女が物理法則に従い落下していく。彼女の眼下には、今度こそ逃げ場を持たない式部を待ちわびる土人形の群れ。奴らが再び右腕を振り上げる。
落ち行く式部を土人形がなぶろうとしたその矢先、「ハッ」短い発声とともに彼女が刀を下に斬り払う。ズバッ。彼女を狙っていた土人形の腕が無惨に吹き飛んだ。
地面に着地した彼女はその勢いのまま身体を一回転させる。水平に伸ばした右腕には刀がまっすぐと伸びており、煌めく切っ先が真円を描く。
ずるり。計六つの土人形の胴が斜めにずれた。真二つに割られた彼らはピクリとも動かず、戦意が喪失している様は見て取れた。そのままボトボトと、彼らの上半身が情けなく地面にこぼれ落ちていき、やがてそれらは泥の塊になり果てた。式部が直立になおる。
この間。わずか十秒程度のできごと。式部は息切れ一つ見せる気配がない。あの子、忍者の訓練でも受けているのかな。
「あら狐さん。あなた、踊りがお上手なのねぇ」
松喜が神経を逆なでするような撫で声をあげる。彼女は式部が土人形と格闘している最中、遠巻きで物見雄山に徹していた。
「ほざきなよ」松喜に狐面を向けた式部が、今度は彼女に対して刀を構える「ちなみに私は狐じゃない。人間だ。それ以上言うなら侮辱と見做すよ」
「あら失礼。でもあなたがあんまり野蛮なものだから。もしかしてご両親が獣の類なのかしら?」
ニヤニヤと、悪辣な笑みを浮かべた松喜の背後、着物を纏った怪異が再びくいっと指をうごかす。僕は直感的に嫌な予感を感じ――
「式部ッ! 後ろだッ!」
僕の声掛けに、松喜を睨み上げていた式部がハッと後ろを向く。でも一歩遅かった。
先ほど式部に斬られた土人形が身体を再生させ、彼女の眼前にそぞろ立っている。奴はゆらりと右手をふりかぶり、図体に似合わぬ速度で自身の腕を横にないだ。
「ぐぅっ!?」虚を突かれた式部が吹き飛ぶ。彼女の身体が飛ばされた勢いのまま地面を転がり抜け、そのたびに彼女はうめき声を漏らした。僕は心臓が鷲掴みにされたような心地に陥る。
「……式部ッ!?」僕は再三に渡ってその名前を呼んだ。地面に横たわっている彼女が力なく身体を起こし、ゼェゼェと肩で息をしている。
「アハッ、アハハハハハッ!」松喜が笑う。こらえきれんとばかりに。
「式部さん。あなたって、滑稽なお面をしているだけあってオツムもちょっと弱いのね」
松喜の背後に潜む怪異が再び指先を動かす。彼女の眼前には何体もの土人形が再び出現した。式部が「なっ……」と焦ったような声をあげ、僕もまた絶望に似た心地を覚えていた。
コレじゃあ、いくら斬ってもキリがない。
松喜は僕たちの心中なんてお構いなしに、相変わらず生ぬるい口調で演説を独唱している。
「野暮ったい草食系男子のお尻なんか追いかけず、私に逆らわなければ、私の支配に干渉しなければ、わざわざ痛い目みなくて済んだのにねぇ」
……草食系男子?
僕の疑問符を他所に、遠くの式部が凛とした声を響かせた。
「この狐面は好きでつけているワケではないし、柳楽くんは隠れ肉食系なんだよ」
……あっ、僕のコトか。――って、ツッこむところそこか?
式部が刀を持った手を下ろし、彼女から五メートルほど先に位置する松喜と土人形の群れをジッと見つめている。
「私にとっての大義は心魔を斬ること、柳楽くんを守ること、その二つだけさ。だから興味の欠片もないけれど、一応聞くよ」式部の言葉を受けて、松喜がキョトンとした顔を。
「松喜さん。キミは『停滞』の心魔に心を操られているワケではないよね。心魔の力を逆に支配して、コントロールしている。つまりキミは自分の意志で、学園を支配しようとしているよね。みんなに『停滞』の心を植え付けているよね」
式部が、下ろしていた腕を再び水平に伸ばし、刀の切っ先を松喜へと向けた。
「何故、そんなことをする。キミにとってのエゴは一体何なんだ」
松喜は相変わらずキョトンとした顔のままだった。でもやがてフッと、乾いた息を漏らして。
「エゴ? ふふっ――」だるそうに前髪を掻きあげる。醒めた細い目で式部を睨む。
「醜悪で、下世話で、利己的で、汚らわしくて――人にマイナスの影響しか与えることのない、不必要な心。……強いていうなら、この世界から一切の『エゴ』を取り除いてやるのが、私にとっての『エゴ』かしら?」
松喜が舞台役者の如く両手を広げはじめた。わざとらしい口調で、大仰に声を響かせて。
「あなた達も見たでしょう。ゼンマイ人形のようにおりこうさんだったあの子達が、私の支配を解いた途端――猿山の子猿に成り下がってしまったわ。見るに堪えない不格好を個性やらファッションだと言い張って、程度の低い発言で人としての品質を下げていることにすら気づかない」松喜がかぶりを振る。
「『人と違うことをして目立ちたい』『人を出し抜いて何かを成し遂げたい』『人よりも上の立場でありたい』――エゴを発端とした人の欲望は、ロクな結果しか産まないわ。エゴさえなければ争いも起きないし、人と自分を比較して惨めな思いをすることも、ないのよ」
ドキリ。僕の心臓が動いた。
比較。惨めな思い。彼女が発したそれらの言葉が、僕の脳内で反響している。
「『みんな違ってみんないい』、個を重んじる共和の思想のように聞こえるけど、実体はその逆。そんな言葉、競争社会を発展させるための詭弁に過ぎない。何故なら、需要のない個なんて誰も見向きもしないから。そんな言葉、勝ち負けの世界で首座を守ることのできる強者の戯言なのよ。本当は、『みんな』なんて『違わない』世界の方が幸せなのよ。……でも残念ながら、『みんな』はソレを望んでいないみたい。不相応な理想を追いかけてボロボロなっているのに、ステータスやスペックで品定めされる社会に何の疑問も抱かない。気づけない」
パタン。彼女が力なく両腕を下ろしてこちらを見やる。
喉の渇きに苦しむ人に一杯の水を差しだすような、同時に。
コップの中に一滴の毒を盛るような、そんな口ぶりで。
「だから私が導いてあげるの。――ホラ、こっちの方が素敵でしょう? って。一切の変化を望まない『停滞の世界』こそが理想郷でしょう。……ってね」
僕は戦慄していた。宣教師のように自分の考えを教え諭そうとする彼女の姿に。自身の信念に対して一切の疑いを向けない彼女の姿に。そして。
彼女の言葉に、ひとかけらの同調を覚えてしまった自分自身に。
「成程ね」式部がひょうひょうと呟き、僕の意識が現実世界に引き戻された。
「それがキミのエゴってワケだね。中々にご立派な志だね」
「あら」松喜が意外そうな顔で口をすぼめる。
「狐さん、私の考えに賛同してくれるの? 意外だわ」
「賛同?」式部がおどけるように肩をすくませて「別段、私はキミの野望に対して肯定も否定もしやしないよ。キミがソレを正義と考えるならば、思う存分にやればいい。……ただしね」
ふいに、式部が刀を鞘の中へとしまう。そのまま彼女は制服の上着を脱ぎはじめ、土くれの地面へとポイッと投げた。ワイシャツ姿の式部を松喜が怪訝な表情で眺めており、僕の目が丸くなるのも必然だった。しかし式部は構うことなく。
「どうやら、キミのエゴは『私のエゴ』と衝突するようだ。私はね、私のエゴだけは誰にも邪魔されたくないのさ。だから」
次の彼女の奇行に、僕は「えっ」と思わず声を漏らす。彼女はシャツのボタンを外して、ガバリ、両腕でシャツをまくりあげた。彼女の白い肌があらわになる。
先ほど同様、彼女は脱いだシャツを放りだし、更には革靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ捨て、彼女の素肌を覆うものは胸に巻かれたさらしと紺のスカート一丁だけだ。
コキコキと首を鳴らした彼女が腰を低く構え、先ほど収めた刀の鞘へと手をかける。
「キミのエゴは私が斬らせてもらう。様子見はもう、終わりだよ」
シンッ――と静寂が辺りを包んでいた。
「狐さん、あなた」それまで、終始余裕を崩さなかった松喜の表情から。
その声色から、はじめて焦りの色が滲む。
「一体、何を企んで――」
神風が舞い、松喜の言葉は強制終了された。
一つ。瞬きをしている間に、式部の姿はその場所から消えていた。
「えっ」今世紀最大に間の抜けた声をあげた僕の口から。
「……えっ!?」来世紀最大に阿呆な声が飛び出る。
目を丸くした松喜が、信じられないものを見る表情を眼下に向けている。松喜の目下には、先ほどの、居合いの体勢を維持したままの式部が存在していた。松喜と式部を繋いでいた約五メートルの軌跡には、申し訳程度に土埃が舞っている。
彼女は消えたんじゃない。一瞬の間に、僕や松喜の肉眼が捉えられない速度で、松喜の目の前まで駆け抜けたんだ。土人形たちの脇を抜けて。彼らが臨戦態勢に入る余地すら与えずに。
「悪いけど、人形遊びは子どものころに卒業しているからね」
式部が鞘から刀を抜き、そのまま上空へと振り上げる。
同時、松喜の背後にいた怪異の腕が一本、斬り飛ばされた。
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