第21話


 本当に、それで良いのだろうか。

 紅葉の言葉を信じて、紅葉の言う通りにして、それで、私は大丈夫なのだろうか。

 今まで散々、人前や舞台から逃げ続けてきた私が、今更、もう一度頑張ると思ってしまっても、良いのだろうか。

 出来るのだろうか。

 私に。


「怖くて、上手くでけへんかも」


 下手でも良い。と紅葉は言った。

 私も、下手くそなのは一緒だし。とまで言ってくれた。


「嫌になって、逃げだすかも」


 逃がさない。と紅葉は言った。

 ずっと捕まえておく。とまで言ってくれた。


「ほんとうに、うちでええの?」


 良い。と紅葉は言った。

 紫苑でなければだめだ。とまで言ってくれた。

 まるで、プロポーズのようだと、私は思った。


「紫苑に、私の作った服を着て欲しいんだ。紫苑だから、着て欲しいし、作りたいと思う」


 嬉しい言葉だった。

 本当に嬉しくて、涙が止まらない。


「紫苑が、私の服を着てくれないなくちゃ、意味がない」


 重たい言葉に、腰が引けそうになる。

 次の言葉が、恐ろしくて、逃げたくなって、けれど、私がずっと、欲しい言葉。


「紫苑が、私の頑張れる理由だから。紫苑が居ないと、困る」

「ばかやなぁ」


 心から、そう言った。


「紅葉は、うちがおらんでも、できる」

「出来ない」


 紅葉は、どんな顔をして、言っているのだろう。


「紅葉なら、頑張れるて」

「頑張れない。紫苑が居ないと、頑張れない」


 私は、どんな顔をして、言ったのだろう。

 互いが互いに縋り付き合って、顔も見えない。


「私が、頑張れないかも知れへんやん」


 今までみたいに、辛い事、苦しい事、頑張りたかった事から逃げ続けて、私がある。

 頑張りたかった事を、なかった事には出来なくて。

 そのくせ、頑張れなかった事は、なかった事にしたくて。


「頑張れって、言ってあげる」


 こんなに嬉しい言葉を貰って。


「逃げるなって、捕まえてあげる」


 こんなに、暖かいものを貰って。


「紫苑が辛くても、苦しくても、頑張れって、応援してあげる」


 こんなに、素敵な人と出会う事が出来たのだから。


「だから、紫苑は、私のモデルになってよ」


 こんなに素敵な人に、こんなに素敵な事を言って貰えるなら。


「ほんと、ばかやなぁ」


 辛かったし、苦しかったし、泣きもしたけど。

 案外、悪くなかったのかもしれない。

 なんて、馬鹿な事を思うのだ。


「知らなかった?昔っからずっと、馬鹿でした」


 お互い馬鹿なら、丁度よい。

 凹凸がぴったりと噛み合うような距離が、私達の距離だと良い。

 そう思ってしまえば、離れがたい。

 離れるなんて、考えられない。


「紫苑。これからも着てくれる?私の、作った服」


 紅葉が、自信なさげに、私に問う。

 私にだけ、答えを求める。

 答えは、一つしかない。


「着たる」


 今くらい、自信満々で、応えてやる。


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