第16話


 一芸入試志望者は、私の他に二人いた。

 志望する学校は違うけれど、学校での先生からの扱いは同じ。

 成績は良くないけれど、進学の意思が固まっている、一つに特化した生徒。

 偶然、苗字に色が入っているから『馬鹿三色』なんてまとめて呼ばれた。

 同じ年に一芸入試しか狙えない生徒が三人もいるなんて悪夢のようだと、先生は笑った。

 一芸入試は、志望する学校によって試験内容が異なるけれど、全員が共通するのは面接。

 課題、作文など、志望する学校から求められる提出物の作成。

 それに加えて、自分が売り込める部分を自由にアピールすること。

 私に与えられた課題は『気分があがる服』。

 理美容の専門学校を狙う黒田と白井は、作文。

 二人とは(放課後限定だけれど)頻繁に、面接練習の待ち時間に顔を合わせたから、知らない内に親しくなった。

 雑談のネタは大抵、面接、課題、作文に関する事。


「それどんな服なの?」

「人によって違うよね?」


 そう言われて、少し驚いた。

 私は、どんな服を仕立てれば良いのか、イメージはすぐに幾つか浮かんだ。

 誰に着せるかなんて、初めから決まっている。むしろ他の誰かをモデルにするなんて、考えもしなかった。

 私にとって『気分があがる服』とは、紫苑が着たいと思う服で、紫苑が似合う服以外にない。

 私が普通なのか、二人が普通なのか、判断はつかない。

 試したいイメージは、いくつも浮かぶ。

 けれど、これ、と思えるものが定まらなかった。

 とりあえず、紫苑に着せる事だけは決まっていたから、採寸をする事に決めた。

 のだけれど、面接の勉強と練習に時間を取られた。

 私はどうも、面接と言うものが下手らしかった。

 自分を良く見せる。なんて、考えた事も、した事も無い。

 そもそも一つの事にしか集中できない質なのに、言葉遣いだの、立ち居振る舞いだの、受け答えだの、そんな面倒くさい事を幾つも覚えるのは苦手だ。

 その時々思うまま振る舞って、私自身を見て判断して欲しいと思うし、面接とは本来、そういうものではないのか?

 初めから上手にできる訳も無く、先生にこってり絞られて、私は毎日くたくただった。

 遅い時間に帰宅して、急いで食事してお風呂に入って、普段使わないせいで悲鳴を上げている脳みそを仮眠で休ませ、起きる。

 自分の思った時間に起きられない事も多かったから、紫苑の採寸をするまで、かなりの日数が必要になった。

 もやもやと、イメージを定められないまま、夏になった。


 例年十月に行われる学園祭の準備が始まって、ようやっと、私の面接技術は、『まあ、ぎりぎり大丈夫、かな?』と先生に言ってもらえるレベルまで上達した。

 私は、焦っていた。

 入試の面接日は十二月の中旬。課題の提出期限は十一月末日必着。

 だのに課題制作は、一番最初の、イメージを定める事すら済んでいない。

 紫苑の服を仕立てるのに、こんなに作業が捗らないなんて事は、初めての経験だった。

 もう、九月。流石に課題制作を始めなければ不味い。

 イメージを固める作業ですら、ここまでのびのびになってしまったのだから、実際に制作するのだって、いつも通りに進める事が出来る訳が無かった。

 何を作るか決めて、採寸をする。それがいつもの流れだったのだけれど、もうそんな事も言ってられない。やれる事を、まず済ませなければならなかった。

 少しだけ、紫苑と顔を合わせるのが、怖かった。

 だって多分、私の専属モデルになって欲しい。という話は、きっと、断られたらしかった。

 明確に拒否された訳ではないのだけれど、何の返事も無かったし、良く良く思い出せば、私自身がそもそもプロでもないのにモデルを雇用するというのも変な話だし、紫苑が他人の視線に恐怖を感じるのであれば、モデルなんて仕事をしたがる道理が無かった。

 私、馬鹿すぎる。

 無神経にもほどがある。

 けれど、紫苑の採寸は、しなければならない。

 近頃の紫苑は受験勉強を頑張っている様子。邪魔はしたくなかったけれど、気が付けば私はいつものように無神経に紫苑の部屋にずかずか入って、採寸をしていた。

 本当に、こう言う所だ。私のダメな部分は。

 私の脳みそは、きちんと仕事をしているのだろうか、飾りでは?

 案の定勉強の邪魔をしたらしい事に採寸中に気が付いて、申し訳なさを覚えた。

 さっさと退散しなければと思って、謝罪と感謝を伝えて、自分の部屋に戻ろうとした。


「今、服、作ってるの?」


 と紫苑に聞かれた。

 答えるのは、少し気まずかった。

 嘘は吐いていない。けれど、目下最も作業を進めなければならない課題制作は、一切進んでいない。

 部屋でイメージを固める作業をしようとしても上手く進まず。

 手慰みに、紫苑に着せたい服を勝手に仕立てたり、以前紫苑に頼まれていた、綿入りのリサイクルを、頭を空っぽにしてやっているだけだった。

 きちんと将来を見据えて受験勉強を頑張っている紫苑と比べると、なんとも頼りない我が身の有様。

 気分が悪くなった。

 本当に大丈夫なのか、私にはクリアできない課題なのではないか、と、不意に不安に思った。


「その服も、私の、服?」


 続いた紫苑の問いかけには、自信を持って答えた。

 紫苑以外に着せる服なんて、自分用のどうでも良い物しか作った事が無い。

 今手慰みに仕立てている物も、本当に作らなければならない課題の方も、どちらも、紫苑に着てもらう為の物。

 むしろ逆に聞きたい。私が紫苑に着せる服以外の物を、作ると思っているのか。

 まあ、そんな事聞かないけれど。

 なんて思った。


「ありがとう。私、紅葉の服好きだから、嬉しい」


 紫苑は急に、そんな事を言い出した。

 私が紫苑の欲しがった服を仕立てたり、私が勝手に仕立てた服を着て貰ったり。

 そう言うタイミングで、言って貰った事は沢山あった。

 けれど、仕上がった服も無いのに、そう言って貰ったのは、二度目だった。

 一度目は、私が服を作る仕事に就きたいと、初めて誰かに明かした時。

 なんだかすごく、照れ臭くって、嬉しくって、今なら何でもできると思った。


 私は自分の部屋に戻って、紫苑の優しさと愛おしさに震えた。可愛すぎかよ。

 正直、この夏だって、面接の練習やら、受験の準備やらに時間を使うより、紫苑と一緒に過ごしたかった。

 でも、進学は、私の実力不足を補うためには、避けて通れない道だった。

 仕方が無かった。とはいえ。

 山に行楽に出かけたり、海で水着ではしゃぐ紫苑を眺めたり。高校最後の夏を、そう言う風に過ごしたかった。

 くっそ!めっちゃ夏楽しみたかった!受験とか、くだらなくない!?

 紫苑に着せたい夏の服。

 いくらでもあるわ!もう夏終わるっつーの!課題とか、紫苑以外に言われて作るとか、なんか気分が乗らないんだわ!なんなの!あー!もう!

 紫苑は絶対に、夏が似合う。

 顔の造形は、芸能人だって腰が引けるレベル。

 スタイルだって、モデル並み。

 それが!

 弾けるように笑ってくれるのだ。爽快に、快活に!天使か?

 海。

 海いいなぁ。

 水着着せたい。作るか?いやダメか、地雷踏み抜きそう。やめよう。

 じゃあ山だ!山に行こう。涼し気な格好させて、なんか、良く知らないけど、上流階級がバカンスに行くような山荘?とか、小高い丘の上にある真っ白な別荘、みたいな。

 周りは一面ひまわり畑ー、みたいな所で、パラソル広げて絵画でも書いて欲しい。なんかで見たような気がするけど、気にしない。

 うん。似合う。

 清楚、可憐。好き。嫌いな奴出てこい。殴る。

 白のワンピース。

 これだ。これですわ。もう、これしかないって言うかね。

 紫苑に着て欲しい服ナンバーワン決定ですわ。

 しかし紫苑は絵画を描くか?

 いや書かない。そんな一人で洒落た事するくらいなら、私と出かける筈。解釈違いは許せない。私が間違ってた。

 目的も無く二人で散策とか、めっちゃ楽しそう。つか私は楽しい。普段足を運べない場所で、ウキウキソワソワしてる紫苑見るだけで、ご飯五杯は行けちゃう。

 良いじゃない、夏だもの。もみじ。

 て、夏もう終わりますけど!

 あ、このイメージは、絵に残そう。

 いつか作ろう。今年は無理でも、来年か、再来年か。

 いや、今か!秋に入ろうとしているけれど、今作れと、神からのお達しなのではあるまいか!?

 よし、やるか。


 後で思えば、私は、正気で無かった。

 慣れない面接の練習で脳みそと精神は疲れ果て、課題制作は遅々として進まずストレスをため込んでいた。

 そこに、私の人生における最大の癒し燃料である、紫苑の優しさと可愛さが投下された。

 凝り固まって働くことを拒否していた精神は千々に解け、その解放感と万能感たるや、何ぞの薬物を使用したかのようだった(そんな薬物見た事も使用した事もないが)。

 満足のいくイメージイラストが仕上がった時には、夜が、明けていた。

 はっ、と、馬鹿な事をしたと思った。

 徹夜はいい仕事の敵だと、誰かが言っていたと言うのに。

 けれど、手元に残ったイメージイラストの出来は、私の今までの人生の中で最高だと確信する出来だった。




 夏が、終わる。

 けれど私はもう、ある意味、焦ってはいなかった。

 白いワンピースのイメージが最高過ぎて、それを課題提出用に作る気満々だった。

 もう、お題とか、あんまり気にしてなかった。

 イメージさえ定まってしまえば、あとは形にするだけの事。

 図面を引く。

 構造はシンプルに。派手派手しいのはお呼びじゃない。

 清楚で可憐で最強な夏のお姫様を、私は描く。

 材質は、お出かけして、少し激しく運動しても大丈夫なように、リンネルにした。

 シルクやサテンも捨てがたかったけれど、けばけばしい光沢はイメージの中の紫苑には似合わない気がした。

 それは、夜会用ドレスに使おう。

 構造は、動きやすさを考慮しつつ、体のラインを出すように、仕上げる。

 否応なく素晴らしい体のラインが出る様に作った。私が見たいからだ。

 同じ理由で肩も出す。でも、日焼けとか嫌だろうし、ショールで悪あがき。

 お嬢様感が増して、なんか、一層良い。そのままだとちょっと子供っぽ過ぎた。

 日焼けとか、鍔広の麦わらでも被ったらビジュアル、機能共に百点満点では!?

 日傘も行っちゃうか!?いや、それはもう、私の仕事じゃないな。知り合いに傘職人なんか居たか?居ないな、和傘職人なら伝手がありそうだけれど。ワンピースには合わないな。合わない事もない?まあ、それは着物を仕立てる時に、聞いてみよう。

 スリムなフォルムも、私はとっても可愛いと思うのだけれど、紫苑はある一点にコンプレックスがあるようだから、一つ、目を引く要素が必要だ。体の前面でなく、上半身でなく、別の場所に必要だ。しかし、それが主役になってもならない。主役はあくまで紫苑自身。

 紫苑は腰も素晴らしい。

 よし、腰だ。

 デカいリボン付けちゃうぞ。可愛い!

 でも、デカいリボンだけだとポツンと浮く。帯巻くか、リボンはその上から。あ。これだわ。

 私は、いまだかつてないほど、絶好調だった。

 面接の練習が終わって、家に帰ってから作業するのが億劫過ぎて、材料は学校に届くように注文した。

 無断でやったら先生に怒られたけれど、まあ、気にしない。

 入試用の課題制作だと言い張って(実際そうでもあるのだが)、第二家庭科室を、期間限定の私専用作業場にした。

 それはきちんと先生に許可を貰った。

 これで学校で作業できる。

 作り始めたら、早かった。

 学園祭が始まるよりも先に、ほぼ完成した。

 あとは紫苑に実際に着て貰って、私のイメージと、実際に紫苑が着て違和感が無いか、確かめる。

 違和感があったら、手直し。それで完成だ。

 夏、戻ってこないかな。

 ああ、めっちゃ誰かに自慢したい。

 私頑張ったし、これを着た紫苑は絶対に、超絶可愛いに決まっていた。

 このワンピースが、いかに紫苑に似合うであろう事を、紫苑が、想像を絶するほど可愛くて優しいという事を、私の課題制作が完成した事を聞きつけ、冷やかしに来た黒田と白井に、とりあえず私が満足するまで自慢した。


「そんなに自慢したいなら、もう、ミスコン出たら?」


 そう言ったのは、黒田か、白井か。

 どちらが言った言葉だったのかはどうでも良い。

 それは妙案に思えた。

 このワンピースを着た紫苑が、ステージ(どんなステージか知らないが)の上に立ち、喝采を受ける場面を想像した。

 それは、全く、悪くない光景だった。

 とても誇らしい場面だった。

 どうだ、私の親友は可愛くて、美しくて、ヤバいだろう。いいぞ、もっと褒めろ。もっと見ていいぞ。

 ミスコンの参加者は、各クラスから一人出場者を出すと決まっていたけれど、控えめな紫苑がそんな物に立候補する訳もない。私達のクラス代表は別にいる。

 ミスコンの要綱を改めて確認したが、飛び入り参加についての明記が無かった。

 今からの参加が可能か運営委員会に直接確かめた。

 飛び入り参加自体は全く問題がないと言う事だった。出来るだけ盛り上げてくれると嬉しいと言われた。

 今年のミスコンの主役は、紫苑が獲る。

 この思い付きが最高の思いつきだと、私は疑わなかった。

 黒田と白井も、面白そうだから協力すると言ってくれた。

 ヘアメイクは黒田が、メイクアップは白井が本職(本職と言うのも気が早いが)だ。都合が良かった。

 さながら、本物のコレクション(新作発表会。パリコレとか)ばりに準備が出来る人員が全員アマチュアながらも、揃っている。

 この布陣で負けるイメージが全く湧かなかった。

 お遊び雰囲気の尽きない、衣装と言っても制服か私服かどちらか程度の高校のミスコンで、紫苑が負ける道理がない。

 勝つに決まっていた。

 楽し気な妄想に支配され、私達三人はそのための準備をした。

 けれど、私は思い出した。

 紫苑は、人前に出るのが、怖いのだ。

 なぜ忘れていたのか。

 分かり切っている。

 紫苑にこのワンピースを着せるのが、楽しみ過ぎたからだ。

 馬鹿すぎて、自分が嫌になった。


 私は黒田と白井の二人に、ミスコンへの飛び入り参加を、取りやめると伝えた。

 二人は、不思議そうにしていた。

 そりゃあ、そうだ。

 二人にとっても、ミスコン当日に、各々目指す道に役立つかもしれない経験ができると期待したに違いなかった。

 急にやっぱりやめた。なんて言われても、意味が分からないだろうと思う。

 私だって、紫苑の事を自慢できる機会は、逃したくなかった。

 けれども、紫苑を苦しめてまで、自分の楽しい。を優先したくなかった。

 それだけの自分勝手な理屈だった。

 始めるのも自分勝手なら、やめるのだって自分勝手。私はそもそも、そう言う人間だった。

 二人は私に、理由を尋ねた。

 どんな理由でやめるのか。それを聞かない限り認められない。と言いたいらしい事は、私でもわかった。

 どう言えばいいのか、私には分からなかった。

 紫苑の個人的な事情を鑑みて、そもそも無理のある計画だったと気づいた。などと聞かされて、納得できる話ではない。

 じゃあ、紫苑の個人的な事情とはなんだ。と聞かれるに決まっていた。

 そんな事を、紫苑が自ら言うと決めて言うならまだしも、私が勝手に人に話して良い話だとは思えなかった。

(そもそも私だって、紫苑から直接話して貰った訳ではない)。

 何か二人が納得できるような、作り話でもすればよいのか。

 それなりに長い期間苦楽を共にした仲間に、そういう事はしたくなかった。

 だから、私が口にした説明は、酷く不十分で、歯切れが悪かった。


「紫苑は、目立つの苦手だから」


 嘘でもないけれど、本当の事を言った訳でもない。

 自分で口にしたくせに、反吐が出そうな言葉だった。

 結局、僅かだけれど紫苑の事情を他人に知らせて、しかも、仲間に本当の事も言っていない。

 しかも、事の責任は全て馬鹿な私自身にあると言うのに、まるで、責任は紫苑にある。みたいに聞こえる言葉だ。

 おおよそ思いつく限り、最低最悪の言い訳だった。

 けれど、他にどう言えばいいのか、私にはさっぱりわからなかった。


「良い機会じゃん」


 白井が言った。


「厳しい事を言うけど、この服って、そう言う服でしょ?」


 黒田が言った。

 私には、二人が何を言っているのか、わからなかった。

 多少なりとも、ほんの少しでも、理解を示してくれるだろうと、勝手に期待していた。

 けれども二人は、全く納得できない。と、明確に拒絶したように思えた。

 私は、言葉を返す事すら、出来なかった。

 二人の言葉は、止まらない。


「この服は、『気分があがる服』なんでしょう?」

「人に見せびらかしたい。って思えない服じゃ、ダメなんじゃないの?」

「自信なくなった?」

「らしくない。自信満々だったでしょう」

「私らに散々自慢したじゃん」

「どんだけ頑張って作ったか、話してくれたじゃない」

「私は、この服。そのくらい出来る服だと思うけど」

「最低でも、試してみるくらいの完成度は、あると思う」

「やらないより、やったほうが良い。絶対」

「もう提出期限も近いのに、自分の作品に自信が持てないって、問題だと思うけど」

「じゃあ、なおさら、ミスコン出てもらったほうが良いじゃん」

「この服に自信がなくなったなら、次作っても同じだよ、また絶対、自信無くすよ」

「だから、試したかったんじゃないの?」

「藍川さんに着てもらおうよ。せっかく可愛い服仕立てたんだから」

「やろうよ」

「勝つよ」


 目から鱗というのは、こういう事なんだなぁと。他人事のように思った。

 私は、自分でもすっかり忘れていたけれど、このワンピースは確かに、一芸入試に必要な提出課題だ。

『気分があがる服』というお題に沿うと思って、自分の作りたい服を作った。

 作りたいと言う欲求に任せていたから、知らぬ間に、課題の事なんて忘れていた。

 別に、この服に自信がなくなったなんて事はない。この服は絶対に、紫苑に似合うと確信している。そこは二人の勘違い。

 けれど、同時に気づかされた。

 確かに、私は試したい。

 私の作ったワンピースが、本当に『紫苑の気分をあげる』力があるのか。

 私は勝手に服を作る。自分が紫苑に着せたい妄想を、実現するために服を作る。

 それは良くも悪くも、私の自分勝手な欲望だ。

 私はある意味いつでも、紫苑の気持ちを無視してきた。

 紫苑の着たい服よりも、私の着せたい服の方が、今ではずっと数が多い。

 このくらいが私に似合い。紫苑独自のそのラインをぶち壊す服を、私は散々作ってきた。

 紫苑は、もっとずっと可愛い。これも似合うに違いない。あれも似合うに決まってる。

 似合わない服なんて存在しないと、私は誰しもに証明したくて仕方なかった。

 だって紫苑は世界一可愛いと、私は勝手に信じてる。

 ずっとそうしてきて、これからも、そうしたい。

 紫苑の可愛さに際限は無い。万が一、紫苑が可愛くなくなったとすれば、それは私の腕前が足りないだけだ。

 そう思って私は、進学なんてらしくない事を目指して頑張ってきたのではなかったか。

 入試の課題一つ程度、楽にクリアできる腕前が無ければ、私は、紫苑に服を仕立てる資格はないのだ。


 だって、紫苑が、好きだと、着たいと、言ってくれなければ、私はそもそも、服なんか仕立てられないのだから。


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