第11話
その白いワンピースドレスは、とても美しかった。
純白のワンピース、レースのショール、腰を締める太い帯。
言ってしまえば、たった三つだけのパーツで構成された、とてもシンプルな仕立て。
けれど、簡素、という感想は、まるで抱けないのが不思議だった。
不思議と言えば、生地には不思議な光沢があった。
シルクや、サテンほど煌びやかな雰囲気ではないのだけれど。
なんだか爽快なほどに真っ白な生地は、天日干し中のシーツに少し似ている。
だからか、このワンピースには、真っ青な晴天が似合うと分かった。
殆ど透明にも見えるショールには緻密なレース模様があって、大胆に露出されたマネキンの腕。その肩から腕を飾りながらも覆っている。
スカートは、膝下までふわりと柔らかそうに広がっている。
中でも目を引くのは、腰回りを僅かに締めた同色の帯。その結び目は右腰の前、前からも見える位置にあった。
帯の太さよりもずっと大きなリボン結びが、この装い唯一の大きな装飾と言えた。
全体的にシンプルな構成の中、あまりに大きなリボン結びは、過度な装飾にも見える。
けれど、そうではない。
大きなリボンが目につくのは、それはこの服が、このマネキンに似合う装いで無いせいだ。
このリボンが、このワンピースが悪いのではない。
マネキンが悪いのだ。
人は、毎日服を選んで着るのだけれど。それと同じで、服も、着る人を選ぶ。
服にも意識がある。
どんな人に着せるのかという作り手の想い。
どんな服を着たいのかという着る人の想い。
それらが合致して初めて『似合いの服』になる。
誰にでも似合うよう願われて作られる既製服ならば、マネキンに着せても違和感は少ないだろう。
けれど誰か一人の為だけに作られたオーダーメードは絶対に違う。
作り手が、これ。という明確なビジョンを持って仕立てた服は決して、別な者が着ても、似合いようがない。
作り手は、どんな女の子が、どんな服を求めていると思って、このワンピースを仕立てたのか。
イメージは沸く。
私は服飾デザインについては完全に素人だけれど。
そんな人間にも、分かりやすく分からせる力が、このワンピースにはあった。
だから、分かる。
これは、『私の為に仕立てられた服』ではない。
「紫苑」
紅葉(作り手)が私の名前を呼んだ。
反射的に、嫌だな。と思った。
だって、もう、分かってしまった。
紅葉は、私を、見ていない。
私を認めてくれていない。
私よりも、もっとこの服が似合う人を、求めている。
「この服、着てくれん?」
だってこの服は、私には、全然似合わない。
白一色なんて、自分に自信がないから、気が引ける。
洒落たレースのショールだって、清楚で可憐な女の子が羽織るならいざ知らず、私なんかが羽織ったら、途端に嫌味臭く見えてしまう。
動きやすそうな造りだけれど、活発さなんて欠片もない私には、動きやすさなんて不要な要素。
可愛い大きなリボンだって、私みたいな可愛げのない人間には分不相応。
そうだ。
夏の晴れた日に、麦わら帽子でも被って、颯爽とお出かけしてしまうような、自由で活発で、可愛らしい女の子。それがきっとこのワンピースの百点満点の着こなしで、紅葉の形にしたかったイメージだ。
この服は、そう言う女の子に似合っている。
マネキン役しかできない私には、似合わない。
紅葉の服は、好きだけれど。
ずっと紅葉の力にも、なりたいけれど。
私は誰かの代わりに、なりたくはない。
だから、これで、最後にしよう。
紅葉は、これから、先に進む。
いや私から見たら、もうすでに、ずっと前を、ずっと高い所を、歩いている最中だ。
私は進んでいるフリをして、この場で足踏みばかりしているのだから、紅葉の表情だって見れやしない。
だから私は、嘘の笑顔で笑って、この服を着る。
素晴らしい服だと、本心から紅葉のこれからの道行きを応援して。
紫藤紅葉の最初のファンとして、ここで、彼女が高みへと至るのを眺めていようと、今決めた。
一緒に行こうと誘ってくれた紅葉には悪いけれど。
その事は本当に嬉しかったけれど。
この服を着たい。と思えなかった私に、その資格は、無いに決まっていた。
紅葉が仕立てた服が似合わないモデルは役に立たない。
一心に進む紅葉に、私なんかを気遣って、振り向いている暇なんて、無い方が良いに決まっている。
だから、精々それくらいが、私に出来る事の、限界だ。
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