第10話


 食事を終えて。まだまだ昼時間はあるのだけれど、午後からは、どこを見て回ろうか。

 正面の窓の向こう、すっかり秋めいてきた外の景色をぼんやりと眺めながら、私はそんな事を考えていた。


「さて」


 がた。と椅子を鳴らして、紅葉が唐突に立ち上がったらしかった。


「二人とも、鍵頼むわ」

「あいよ」

「任されて!」


 がたた。と二つの椅子が暴れる音がして、誰かが駆けるような音がした。

 がちゃ。と何処か不吉さを感じさせる錠の落ちる音が二つして、私は、その時初めて、第二家庭科室の室内をしっかりと見回した。

 食事をする前は、見知らぬ人が居る事に緊張して、紅葉に腕を引かれて誘導されてしまって、周囲を見る余裕が無かった。

 良く良く見てみれば、少し違和感がある室内だった。

 普段は等間隔で並べられている個人用の机と椅子は、なぜか、スペースを確保する為にそうするように二つの机と二つの椅子がそれぞれ上下に重ねられていて、マネキンなどと一緒に隅に追いやられている。

 これからここで、何か出し物の準備を始めますと言われたら、納得するくらいに広いスペースが、中心のあたりに確保されている。

 そうかと思えば、まるで、私と紅葉と、名前も知らない二人とが昼食を離れて摂る為にあつらえたような配置で、机と椅子とが用意されている。

 何より目を引くのは、名前も知らない二人が座っていた場所、その向こうに、黒板を背にして。

 さながら富士山のように堂々とそびえる、白い大きな布が掛けられた、何かがある。

 そして、紅葉は、なんと言ったのか。

 鍵。

 鍵って、扉を閉めるための、部品。錠前ともいう。

 紅葉の言葉に応えた二人は、この第二家庭科室にある、廊下に繋がる二つしかない出入り口をそれぞれ塞ぐように、今も仁王立ちしている。

 鍵をする。錠前を落とす。出入口を塞ぐ。目的は、何者かが勝手に入ってこないようにするため。

 もしくは?


「何してるの?」


 不意に窓の端に向って歩き出した紅葉に尋ねる。


「ん?カーテンを閉めんねん」


 ざあ、っと威勢の良い音を響かせて、紅葉がカーテンを閉める。反対側も同じようにした。

 真昼の事であるし、今日は晴れているから、家庭科室内が、真っ暗になる事は無かった。

 ほんの少し薄暗くなっただけだ。


「あかん。黒田、電気つけて」

「あいよ」

「ありがとう」


 独特のイントネーションでお礼を言った紅葉は、謎の白富士に近づいた。


「ねえ、紅葉。何してるの?」


 紅葉は答えなかった。

 その代わりなのか知らないけれど、紅葉は白富士に手をかけて、その大きな布を、慎重にめくりあげた。

 白富士の下では、純白を基調にした、シンプルな可愛らしさに溢れるワンピースドレスを着せられたマネキンが、誇らしげに胸を張って、立っていた。


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