無理なダイエット


「食べて痩せるは諦めるわ!」


 自室に帰った私は決意を表明する。食べながら痩せたいという甘えが今の体形を生んだのだ。今度は妥協しない。徹底的にやると決める。


「人は三日くらいなら食べなくても平気だと聞いたわ。数日に一度の食事を続ければ、元の美貌を取り戻せる日も近いわね」


 リバウンドも根性で乗り越えてみせる。愛の力は無敵だと証明するのだ。


「そうと決まれば、次は運動ね」


 貴族の令嬢たるもの、優雅でなくてはならない。その教えから運動は避けてきた。しかし手段を選んではいられないのだ。


「腹筋、腕立て、スクワット。それぞれ百回が目標ね」


 床に寝転がり、腹筋を始める。しかし箸より重いものを持たない主義の私だ。一回やっただけで疲れてしまう。


「これは大変ね」


 摂取したカロリーを消費するのが、如何に難しいかを実感する。そんな時、扉をノックする音が聞こえた。


「リーシャ様、いらっしゃいますか?」


 訪問者はアンだった。先ほどのことがあり、気まずくはあるが、友人であることに変わりない。


「入ってもいいわよ」

「では、失礼して――って、いったい何を⁉」

「見て分からない?」

「分かりませんよ!」

「痩せるために腹筋をしているの」

「な、なぜそんなことを……」

「もちろん痩せるためよ」

「リーシャ様……」


 申し訳なさそうにアンは目を逸らす。その仕草には罪悪感が満ちていた。


「リーシャ様、運動には水分も必要です。丁度、今朝、上質の葡萄ジュースが届いたんです。一杯だけでも如何ですか?」

「水を頂戴」

「リーシャ様……でも……」

「私は絶対に痩せてみせる。アンは大切な友人だけど、恋の闘いは譲らないから」

「それはどういう……いえ、それよりも無理なダイエットだけは絶対に止めてくださいね。約束ですから!」


 アンはそれだけ言い残して、水を取りに退室する。今は一分一秒が惜しい。お腹の痛みに耐えながらも必死に腹筋を続ける。


「痩せるの。そしてケイネス様との婚約を守ってみせるわ」


 決死の覚悟のダイエットを始めてから一か月が経過した。三日に一度の食事と、重度の運動、そして飲むのは水だけと過度な減量は、私を別人に変えてくれた。


(これが私……)


 化粧台に座りながら、鏡の向こうの自分に見惚れる。


 黄金を溶かしたような金髪と翡翠色の瞳、そしてキュッと締まった腰のクビレに、細い二の腕。抜群のプロポーションを取り戻していた。


「努力はやっぱり報われるわね」


 減量中の苦労を思い出し、涙が零れる。だがその涙は悲しみだけではない。婚約を破棄されずに済むという嬉し涙でもあった。


「ケイネス様に痩せた私を見せてあげないと!」


 立ち上がり、ケイネスの元へ向かおうとした時だ。立ち眩みがして、視界が白く染まる。


(あ、これ、やばいかも)


 我慢できずに、そのまま床に倒れ込む。薄れゆく意識の中で、アンの心配する声が届くのだった。

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