昔話



 ケイネスと初めてお見合いをした日のことを思い出す。


 当時の事を振り返ると、私は彼に期待していなかった。どうせ私の容姿目当ての男だろうと高を括っていたからだ。


 出会った場所は、彼の屋敷の内庭だった。四阿で待つ彼は、遠目から見ても分かるほどに美しい容貌をしており、ソワソワした態度から緊張していることが見て取れた。


「はじめまし――」

「久しぶりだね、リーシャ!」


 私の挨拶を上書きするように、上擦った声をあげる。


(久しぶり? どこかで会ったことあったかしら?)


 だが訊ねるのも気が引けたため、彼からの反応を待つ。


「子供の頃以来だね」

「そ、そうですね……」

「もしかして僕の事を覚えてない?」

「い、いえ、その……」

「気にしないでよ。君にとって僕はたくさんの男の中の一人でしかないからね。忘れていても無理ないよ」


 リーシャは美貌と家柄のおかげで社交界の花として、持て囃されていた。その評判は貴族の間では公知の事実である。彼もその評判を噂で聞いたのだろう。


「ケイネス様も女性から人気があるのでは?」

「ははは、婚姻の申し込みがあることは事実だね。でもすべて断っているから、誰とも会ったことはないよ。僕は子供の頃から君一筋だからね」

「子供の頃……あっ!」


 記憶の中の彼とはあまりに容貌が異なるため結びつかなかったが、幼馴染にケイネスという名の少年は確かにいた。


 現在の彼はスラリとした長身体形だが、当時の彼はぽっちゃりとした短足の少年だった。人は変われば変わるものだと感心する。


「僕の事を思い出したかい?」

「幼い頃、よく一緒に遊びましたね」

「ふふふ、リーシャはとてもおてんばな娘だったよね」

「は、恥ずかしい過去ですね」


 幼い頃のリーシャは、貴族の令嬢に相応しい慎ましさを持ち合わせていなかった。まるで猿のようだと大人たちに呆れられたものである。


「でも素敵な人だった。デブだからと虐められていた僕の唯一の味方だった……」

「ケイネス様……」

「君と別れてから、僕は公爵家の領主となるため武芸に勉学、容姿も磨いた。すべて君に相応しい男となるためだ。だから……」


 ケイネスは顔を真っ赤にしながら、ゴクリと緊張を飲みこむ。


「子供の頃から君のことが好きだった。僕と結婚して欲しい」


 美貌でも家柄でもなく、私のことを好きになってくれたことが嬉しかった。彼となら生涯を共にできる信じ、首を縦に振る。


「ありがとう! 絶対に幸せにするから!」


 それ以降、私は彼の婚約者になった。一緒の時間を過ごすうちに、優しい彼に惹かれていき、そしていつの間にか、私は彼に骨抜きにされていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る