第40話 宿敵との邂逅
「マキシマム」
西岡の魔法詠唱とともに、グラウンドに引かれた一塁、二塁、三塁、本塁、を構成するライン、つまりダイアモンドが光輝いた。ダイアモンド型の魔導円。
つまり彼は逃げながら魔導円を描いていたのだろう。
そして轟音とともに特大の魔法が、地面から天高く放たれた。
思わず目を見開く。
こんなに広範囲で、莫大な魔法見たことがない。
光で作られた柱が屹立しているようだ。
あまりの力の本流で空気がびりびりと震え、大地が鳴動している。
――あのとき当たってたら死んでた……
そんなことを考えてしまい、ぞっとする。
「もし、これで無理なら……」
勝てない。
そう思いながら様子をうかがう。
やがて魔法は落ち着き、ダイアモンド内の様子が見える。
人影が見える。特段変わった感じがない。
戦慄する。
――あれを防いだ?
唇を噛み締める。
もはや大したことはできないだろうが――
命を懸ける覚悟で、別の鉄の棒を握り締める。自分だけでは勝てないだろうが、西岡も消費しきってるはず。ちらりと西岡のほうをみやるが、西岡の様子はあまり変わっていないようだ。
彼を逃がすか、一緒に戦うか。
逡巡しながら再度少年を確認する。金髪の少年。
だが少し様子が変だ。
まるで通信状態の悪い動画のように、少年の姿が崩れたり、元に戻ったりしている。
「……魔力、枯渇?」
呪が発動したか。
私は目を細める。あのマキシマムとやらが前回も呪の引き金だったが、今回もそうだったらしい。つまり、この魔法が西岡の呪の引き金と考えてまず間違いないだろう。西岡のほうをみやる。彼のほうにはあまり変化が見られない。
彼の呪は、自分自身に何も起きていない。妙だが、今はそれどころではない。
再度視線を動かす。
ぱつんと、音がして少年の映像が消滅するところだった。
そして代わりに出現したのは、醜悪なものだった。
全身土気色の肌の人間。いや人間といえるかすらわからない。数メートルはありそうな巨躯。全身を覆う剛毛。顔面は目玉と口の位置にぽっかりと虚ろな穴を開けていた。
それを見たとき、私の脳はパニックを起こしかけていた。
いつも見る夢。
家族を失い、妹の姿を変えたときの。
血に塗れた家。幸せをすべて自分から奪い去った
あの夢。
あれに出てくる鬼にそっくりだ。
「まさか」
力の入らない足で、よろよろと歩み出す。
「まさか」
起点にしている鉄の棒を強く握りしめる。
子供の頃から追い求めた復讐相手。
それがまさに目の前にいるのだから。
「カラドボルグの魔剣よ」
巨大な剣を翳す。再び下腹部がずきりと痛んだが気にならない。
頭に血が上っている。
あいつを殺すために今日まで生きてきたのだから。
「ああああああああああ」
残る力を使って飛び掛かろうとする。いまあいつは魔力を失ってる。絶好の機会だ。
「黒木さん!」
西岡の声が聞こえる。制止する声。
うるさい。
黙れ。
鬼を切り刻もうと飛び上がり――衝撃が私に襲い掛かった。予想外の一撃にあっけなく私の体は横殴りに飛ばされて、グラウンドの上を転がった。
いつの間にか、別の男が鬼の横に立っていた。チェーンを体中に巻きつけた男。
「マノウ様、一旦逃れましょう。他にも魔導官が接近しています」
「黒木」
ぼそりと鬼が呟いた。私は砂にまみれながら上半身だけ起き上がっていた。
名を知っている。やはりあれが私の復讐相手で間違いない。
鬼はその虚ろな目をこちらへと向けた。
「……娘。お前の父の名は、黒木統か?」
「――なんで、父の名を知ってる」
そう反応すると、鬼は肩を震わせながら笑った。
ひゅーひゅーとまるで風を切るような音で。
「あの場に子供がいるのは知っていたが、まだ生きていたとはな。私の呪の影響を受けて」
その言葉を耳にして、
私は喉が潰れそうな勢いで怒鳴り、激高する。
「ふざけるな! お前は両親を殺し、妹をずたずたにした悪魔だ。この世に魔法なんてものを持ち込んだ悪魔だ。絶対殺してやる!」
激情に任せながら言葉をぶつけるが、体はついてこない。
情けないことに宿敵を目の前にして、まともに立ち上がれず、膝をついたままだ。
チェーン男が何やら魔導円を描いている。
何の魔法かわからない。攻撃魔法なら一巻の終わりだ。
魔法使いなら逃げないといけないが、気にしなかった。
「……哀れだな。娘」
ぽつりと言葉が落ちた。
「なんだと」
「何も知らないから哀れだと言っている。そもそも魔法を持ち込んだのは――」
魔導円の光が鬼と男を覆う。
「お前の父だ」
そういうと姿が消えていく。
私は魔剣をばねにして、立ち上がり、先ほどまで鬼がいた場所を切り裂いた。
だが何の手ごたえもない。
透明化か、跳躍か。空を見上げるが何も見えない。周囲を何度も切り裂くが何も感じられない。
鬼と男は忽然と姿を消していた。
「逃げるな!」
絶叫する。
涙が止まらなかった。
膝が崩れて砂に埋もれる。力が入らず、手から鉄の棒が転がり落ちた。その鉄の棒は、粉々に砕け散り、砂鉄となっていた。
◆
一か月後、僕は魔導官となり、
彼女は学校にこなくなった。
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