第34話 バロールの魔眼

「上条!大丈夫か」


 誰かの声と駆け寄ってくる足音。

 右肩がひどく痛くて、重い。熱もありそうだ。寒気がする。それもかなりきついやつ。


 息も切れてる。いやそれどころじゃない、意識して呼吸しないと息が詰まってしまいそうだ。

 俺は耐え切れずマウンドに崩れた。

 周りに監督やらコーチが囲っているが、チームメンバーは誰も来ていない。


――嫌われたものだな。まあ、仕方ねえか。


 自覚はなかったわけじゃない。

 さんざん、上から目線で言ってきたのだ。

 嫌われても当然といえば、当然だろう。


 担架に乗せられて、球場の奥へ連れていかれるのがわかる。医務室、いや救急車だろう、これは。子供の頃からスポーツをやってるせいで、熱中症で倒れたことも何度かあったが、あれの比じゃない。


 畜生。

 せっかくスカウトが来てるっていうのに。女の子たちも。

 大事な時に何をやってるんだ。

 問題ない、立ち上がれる。まだやれる。そう言おうとしたが、ほとんど声にならなかった。


 意識が朦朧とする中、どれくらい経っただろうか。

 担架がなぜか降ろされたのがわかった。病院?


「今助けてやる」


 若い女の声。

 あーどこかで聞いたことがある気がする。

 誰だっけ……


  ◆


「どうした!」


 うずくまる上条に駆け寄る監督らしき人物。上条は右手をもう片方の手で抑えながら苦悶の表情を浮かべている。その様子を観客席から眺めている。


――まずいな。あいつ魔法制御に失敗したか?


 上条の異変。

 彼から魔力が放出されて続けており、体を魔力の渦が覆っている。明らかに異常事態だ。


 現在の魔法設定は、目と剣だが仕方ない。

 魔法は同時に二種類までしか設定できない。触れたものを強化する剣と、手で目に触れることで魔力認知効果を出す魔法、この二つを設定していたのだ。


 今日は戦闘までは考えていなかったからだ。

 スマートフォンに自分をケーブル接続することでこの設定くらいは変えられるが、あまり人前でやるものでもないし、時間もない。


――呪縛をかけられれば、なんとか抑え込めるか。


 ライングループに緊急事態を知らせるスタンプを送る。住所情報も忘れず送っておく。こうすれば気が付いた誰かが駆けつけるシステム。


「西岡君」


 私は隣でおろおろしている西岡に声を掛ける。


「とりあえず、応援を呼んだからじっとしておいて」

「え、ええ? く、黒木さんは」

「私は止めてくる」


 そう断言すると、ちらりと、すぐ近くにいる村上達の様子をみやる。

 当然だが事態が把握できておらず、何か騒ぎあったらしいということだけ認識している。


「何かあったのかよ、あいつら。ボール当たってないよな」

「そんなことより、お、お前ら……で、デートなのかよ」


 つまらないことで西岡に詰め寄る村上を冷淡に見ながら、


「……ちょっといってくる」


 言い残すと駆けていく。村上の何か言いたそうな顔が残された。

 階段状になっている観客席を降りていくと、すぐに先頭列にたどり着く。ここから飛び降りれば、選手たちのいるグラウンドだ。


「カラドボルグの紅剣、よ」


 そう早口でいいながら柵を乗り越えて、飛び降りる。

 手の中にある鉄の棒が数メートルもの光の棒となり、地に突き刺さることで地面着地時の衝撃を和らげた。


 棒を手掛かりに地に降り立つと、手を放す。

 接触型である私の場合、手から離れた瞬間から帯びた魔力は失われ、元の鉄の棒へと戻るのだ。


 その棒を拾い直すと、走り出す。

 ポケットにある黒い球を手に持つ。

 魔導具型魔法で作られた魔法の道具だ。数分間、視界を奪う。


 上条はベンチ裏だ。担がれていく後姿にめがけて、無造作に魔導具を投げ込む。

 小さな爆発が起こり、瞬く間に漆黒の煙が充満していく。

 怒号が聞こえる。


「なんだ!」

「火事か? 何も見えない。一旦降ろすぞ」

「上条、大丈夫だからな!ちょっと待ってろ」


 ベンチ裏のほうからそのような声が聞こえてくる。

 救出中の人たちだろう。だが、残念ながら普通の医療に意味はない。

 駆けながら自分の目に触れると効力の失われた魔法を再度唱える。


「バロールの魔眼よ」

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