第33話 潜入開始!

「魔法だな」


 黒木さんはそう呟いた。

 僕はどぎまぎしながら彼女の横顔を見た。きれいな頬筋に、つるりとした白い肌。

 学校で交換したラインには、その夜に連絡がはいった。


 この辺りでは有名な地方球場に来るように指示があり、来てみると私服姿の黒木さんがいた。といっても、以前みた黒いワンピースだ。あの時は夜だったのでわからなかったが、このワンピース、結構、彼女の体のラインにフィットしていて、色気がある。

 半袖だし、スカートは結構短くてタイトだし。


――胸は……結構。


 ジロジロ見すぎていたようで、彼女は「何?」と不機嫌そうに聞いてきた。


「く、黒好きなんですか?」


 誤魔化すように思いついたことを口にする。


「魔法使いといえば黒でしょ」


 と子供みたいなことを言った。

 ちゃんと説明してくれないのでよくわからないのだが、魔法事件の重要参考人がここで野球をしているらしい。その重要参考人が、この間、僕が追い払った男らしい。なるほど、だから権藤さんに怒られたのか。

 それならさっさと捕まえればいいのではないかと思うのだが、そうもいかないらしい。


「一応、警察だからな。令状がいる。なので証拠がいるんだよ」

「なるほど、ち、ちなみに今日は二人だけですか?」


 キョロキョロと辺りを見回すが、知り合いはいないように思う。


「そーだよ」

「あの、権藤さんは?」

「知らない」

「……ひょっとして喧嘩してます?」

「別に」

「そうなんですか」

「そーだよ、いい加減いくよ。あ、その前にコーラ買いたい」


 と球場マップをみながらいう。

 売店を探せということらしい。売店の位置を探そうとしてふと気づく。


「ここの球場変わった形してますね。ダイヤモンドみたいな」


 マップで球場の形をみながらそういう。

 ちょうどあのダイアモンド型といっていい形をしている。これだと観客席は明らかに小さくなるとおもうのだが。


「まあ、そもそも野球とダイヤモンドは縁深いし」


 というやり取りの後、観客席で二人並んで、コーラ片手に野球を観戦しているという状態だ。

 ただの予選という割には、結構人が入っていた。カメラまで入っている。それなりの強豪校ということだろうか。さほど野球に興味のない僕にとってはさっぱりわからなかった。


「魔法だな」


 試合が始まり、しばらく経った後、黒木さんはそう呟いた。

 そうなんですか?と返事すると、彼女はうんと頷き、


「上条の投球をチェックしているが魔法発動時に見られる魔法の紋様が確認できたし、第一、打者の手前であれだけ急ブレーキをかけられるような球を普通に投げられて、たまるか」


 妙に力が入った解説をする。

 野球好きなのかもしれない。


「え、じゃあ犯人ですか?」


 自前の双眼鏡をのぞき込み直す。

 魔法の紋様とやらを確認しようとしたのだが、まったくわからない。


「いや……どうかな」


 私は小首を傾げながら、推理を披露した。


「上条は恐らく魔法を使ってる。だけど、弱すぎる」

「弱すぎる?」

「ここでは敢えて弱めているっていう可能性はあるんだけど、なんていうか、魔力が漏れてたり、制御が甘い。たぶん大した魔法使いじゃないんだと思う」

「見えるんですか? 魔力漏れって」

「ああ、そういう魔法をかけてるからね。接触型の私の場合は、触れていないと効果が持続しないから、何度もかけ直しが必要なんだけど」


 そういいながら黒木さんは、こちらに目を向けた。

 彼女の片目は少しグリーンがかっていた。

 美しい南国の海のような。


「片目だけなんですね」

「うん、こっちの目は魔力しか見えないからね。両目でみるとちょうど、魔力の世界と現実世界が重なり、両方の世界が見れる」

「なるほど。その目で見た限り、あの人は事件を起こした人とは別、ということですか?」


 彼女はこちらを見つめながら首肯した。

 そのまま無言で見つめてくるので思わず赤面する。


「うーん確信はないんだけど、たぶん。魔法ってプログラム通り動いた結果なんだけど、動かすのは人間だから機械とは違うんだよね。能力によっては完全にプログラム通りには動かせない。

彼には、あの事件を起こせるほどの力はないんじゃないかな。いくら強い魔法が練られるようにプログラムを作っても、術師自体の力がなかったり、練度が足りないと場合、大した力は発揮できない」


 勘に近いのだけど、と彼女は見解を話した。


「……コンピュータの世界なら、漏れは、プログラミングのミスなんですけどね」


 僕はぽつりと、言った。

 すると彼女はよくわからなかったようで、僕を見たまま首をかしげる。


「コンピュータには、使えるリソース……人間でいえば処理能力をまず確保して、プログラムを実行するんです。メモリの確保っていうんですけど」

「ふうん?」


「このメモリを確保しておきながら、解放を忘れたりするとメモリリークっていう解放漏れが発生するんですよ。こういうプログラムを使っていると、コンピュータの使えるリソースがどんどん少なっていきます。最後には、プログラムが落ちてしまったり、コンピュータが不自然に重くなってしまったり、ということが起きるんです」


「なるほどね。解放漏れ命令を記述しなかったことで起きるから、プログラミングのミスだと」

「そういうことです」

「そういうのもあるんだね、さすが詳しいね」


 褒められてうれしくなる。

 照れ隠しに違う話をする。前から思っていた持論だ。


「それにしても、プログラムと魔法なんて、何か変ですよね」

「変?」

「魔法なんて力、現実的じゃない、でもこのアプリってひどく現実的ですよね? 魔法っていう感じじゃない」

「……」


 じっとこちらを見つめ、話を聞いている。


「魔法の出処ですよ、どこから来たんだろう。って思いません? 案外地球人が絡んでいるのかも。まあ、魔法だから異世界っていうのも安直ですけど」


 彼女はその言葉に黙り込んだ。

 何かを考え込んでいるようである。

 何かまずいことでも言ったかなと話題を変える。


「まあ、どうでもいい話なんですけど。……結局、あの人は犯人なんですかね」


 マウンドに立つ投手のほうに視線をやる。


「さあ……ね。今のところさっぱりわからない。あ、魔法紋みたいのなら見る?」


 といきなり彼女の白い指が目の前に差し出された。


「え、でも……呪とかやばいんじゃ」

「大丈夫。呪は、魔力が枯渇したときとか、バグのある魔法を使ったときとか、そういうときのペナルティみたいなもんだから。こういう軽い魔法では問題ないよ。いまは元気いっぱいだしね」


 そういうとにこりと笑った。なんか最近彼女の笑顔が向けられることが多くなったように思う。

 昔では考えらなかったことだ。

 自分の行動がきっかけだと思うと、それはとてもうれしい。


「じゃ、じゃあ……お願いします」


 彼女の指が近づいていく。


――触れられる。


 ドキドキしながら身構えた、そのとき。


「あああーっ!」


 背後から驚きの声が聞こえる。振り返ると、


「む、村上……」


 一番面倒なやつに見られた。

 村上と配下というか友人の男含めて、三人がこちらをみて、声を上げていた。

 我々と同じようにドリンクを手にしている。


「黒木さん? え? 西岡? なんで……」


 村上が信じたくないという顔で、交互に僕と黒木さんの顔をみながら、がくがく震えている。


「で、デート?」


 デート、なのかな。

 自分自身でもよくわからず、黒木さんの顔を見るが、村上のほうでなくグラウンドのほうに顔を向けていた。真剣な面持ち。目が緑色に光っている。


「……どうしました?」


 グラウンドでどよめきのような騒ぎが聞こえた。

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