第32話 上条
一介の公立校が予選突破。
このニュースは瞬く間に日本列島を横断し、連日マスコミが俺のところに訪れた。
そりゃそうだろう。ほとんと俺のおかげといっていいのだから。ほとんど打てない、守れない、走れない雑魚ばかりのメンバーの中、強豪だらけの地区予選を突破したのは投手である俺の力だ。
唯一心配だったのはキャッチャーだったが、ミットを動かすなという作戦でなんとかクリアした。
ただ、甲子園にいってからは別の作戦を考えないとまずい。
さすがに研究もされてきているし、ミットを狙ってバットを振られると辛い。
まともなキャッチャーがいれば、全国制覇間違いなしなのにな。
「おい、雑魚。死んでも捕れ。負けたらお前のせいだ」
青い顔をする先輩のキャッチャーを怒鳴りつけると、試合を開始する。
チームは予選突破を決めている。だが、俺にとっては重要だった。なにせ初めてちゃんとした野球場での試合で、地方局とはいえテレビカメラも入ってる。
そして。
――プロだって狙える。
観客席を見やると、俺目当ての大勢の女子に交じって、スカウトらしき人物が来ているのをみて、俺は浮足立った。
軽く球を投げる。
遠隔型魔法で球の速度を微妙にコントロールする。
一定範囲で遠くに離れるほど効力を発揮する俺の魔法は、ちょうど打者の手前で急ブレーキがかかる。逆に速度アップも可能だ。
ただそれだけで打者は面白いように空振りした。
三球三振。
上出来だ。
ガッツポーズを取ると、観客席から大きな歓声があがった。
得意げに観客席へ手を振りながら視線を巡らせる。
「お、黒木ちゃん、きてんじゃん」
遠く離れていてもわかる特別な容姿の彼女をみて、ますますやる気になった。黒いドレスのような服装をしている。俺を意識しているのかもしれない。
絶好調だ。何もかもがうまくいっている。
一回を完璧に抑えて、ベンチに戻るとこんな声が聞こえてきた。
「すごいよな、こんなに客来てるよ」
「か、カメラ、カメラきてる。女子アナきてるかな」
「ばーかこねえよ」
「周辺の女子高生みんな来てるんじゃないのか、透晶に、西女……」
みんな鼻息荒い。
俺は舌打ちする。自分のおかげだというのに、チームメンバーが自分のいないところで盛り上がっているのをみて苛つく。
「誰のおかげだとおもってるんですかね、先輩たち。去年まで一回戦負けでしょ?」
先ほどまで騒いでいた声が途端に鎮まる。
俺は鼻で笑うと、ねめつけるように一人一人顔をみていく。
この中には、あの事件時、俺を置いて逃げたやつもいる。
こいつらはいずれ追い出してやる。
「そ、そりゃ上条のおかげだとおもってるよ」
ぼそりとキャプテンがいった。
「は? 上条?」
「……か、上条、くん」
「それでいいんすよ、先輩」
俯くキャプテンの下から覗き込むようにして煽る。なにせ野球は実力社会だ。できるやつは先輩後輩の世界から飛び抜けることができるのだ。
「どこの球団から指名されちゃうかなー」
「こら、上条。あんまり調子に乗るなよ。たしかにお前の投球のおかげだが――」
監督をしている国語教師がそんなことをいうが、耳に入らない。
どうせ素人のおっさんだ。何も野球のことをわかっちゃいない。俺は最強なんだ。プロだけで終わらないかもしれない。
メジャー? アメリカいっちゃう?
笑いが止まらなかった。ただ、少し最近肩に違和感を感じていた。
――まあ、これくらい。疲れだろうな。毎日投げさせられてるし。マノウさんにも無理させられてるしなあ。
試合終わったら、ちょっと未来の彼女に挨拶してくるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます