第31話 西岡、悩む

 相変わらず、黒木さんの課題にはクリアできず、どうすればいいかわからない状態に陥っていた。基本考え込む癖がある僕は、授業中でも考え込む日々だった。


 先週末は、彼女の机に魔導円を描いて、購買から焼きそばパンでも飛ばそうかとも考えたのだが、さすがに他の学生にバレバレだと気が付いてやめた。

 昨日は、彼女の椅子に魔導円を描こうとして、近くの女子に不審者扱いされてやめた。


 それから、どうも僕が黒木さんの椅子に何かしそうだということで、近くの女子により見張られているようで、今朝は、早く学校に来てみたのだが、威嚇されて近づけなかった。

 これでは、そもそもまともに魔法の実行すらできない。


「おい、西岡」


 魔導円。

 どうやって魔導円を学校内で使えばいいか。

 魔導円を描くところすら大変なわけだ。黒木さんに見せるためには、彼女の机、椅子、もしくは紙に書いて渡すくらいしかない。


 紙で渡したらラブレターみたいだな。

 勝手に彼女のカバンを漁って入れるか……。


 これこそ完全に犯罪者だろ!

 どうすればいいんだ!


「おーい、西岡」


 頭を軽く小突かれて気が付く。

 数学教師が呆れ顔で目の前に立っていた。


「あ、先生」

「先生じゃないぞ、西岡。さっきから当ててるだろ」


 クラス中で失笑が聞こえる。

 ひときわ、村上たちの嘲笑が大きく聞こえる。


「どうしたんだ、数学得意だろ」


 黒板を見やると初歩的な微分の計算式が書かれていた。どうやら解けということらしい。

 はあ、とため息をつきながら前へ出ていく。


「すみません……」


 こういう答えのある問題って、楽勝だなと思いながらチョークを手にして、さくっと解く。


「西岡」


 また名前を呼ばれてどうしたのかと眉根を寄せる。


「お前にあてたのは、一番目だけなんだが……」

「あ」


 三問書かれていたので、思わず全部解いてしまっていた。

 そのあともあまり集中できなかった。心配ごとがあるとそちらが気になって、他の事ができない質なのだ。早く家に帰って、魔法を考えたい。

 数学の授業が終わると、ふいに気配を感じた。


「お悩みみたいね」


 気が付くと黒木さんが休憩時間に空いた前の席に座っている。

 腕組みをしてどこか偉そうに胸を張っている。


「まあ」


 この間、彼女が変な男に声を掛けられているのを助けた?あとくらいから、彼女はちょくちょく僕に話しかけてきているようになった。クラスメイトも徐々に慣れてきたようで、最初の頃のような周囲の露骨な視線はなくなっていた。ゼロではないけれど。

 こういう状況だったら、彼女の椅子に近づいてもおかしくはないと思うんだけどな。

 どうも信頼がない。


「数学得意なんだね」


 と机に広げていたノートを見られる。

 魔法のアイデアをメモしていたのだ。

 反射的に隠そうとしたのがその前にノートを取り上げられてしまっていた。


「か、課題が……」


 正直かなり悩んでいたので素直に吐露する。

 色々なアイデアを試したが、なかなかうまくいかないということを話す。

 まあ審査員相手に話すのも変な感じだが。

 彼女は椅子に座りながら、後ろ向きになり、僕の机に腕をおいている。机の半分が彼女で占められていて、なんとも緊張する。


 距離が近い。

 逆に僕のほうが椅子を後ろの机ぎりぎりまで下げている状態だ。


「……魔法の行使には、大きく二つあるよね」


 突然そんなことを言い始めた。手がV字になっている。


「え、大きく二つ?」

「そう。それがプログラミングと、実行」

「ああ、そういう……」


 当たり前のことをドヤ顔でいう彼女に、何を言いたいかわからず訝る。


「西岡君の場合、プログラミングに偏ってて、実行が抜けてるように思うんだけど」

「そんなことは……」

「ない?」


 振り返ってみるが、断言もできないかもしれない。

 言われてみると、アイデアで終わっていたり、テストをしていないせいで失敗している例も多いのだけど。基本的に計画は念入りにするタイプなのだ。


「まあありますけど」

「でしょ? たまには何も考えずに、感覚で実行してみるのもいいんじゃない?」

「……うーん、僕には無理ですよ。まずは計画しないと」


 そう笑顔でいう彼女は、いかにも感覚でなんでもこなしそうなタイプだ。

 だが、そもそも魔法のタイプにも影響がありそうだ。

 彼女は接触型で触れたものに魔法をかける。

 計画よりもその場その場で、状況判断し、相手に触れ、魔法をかけるというのが効果的に思う。


 対して、僕の魔導円型は、咄嗟に発動させづらい。だからこそ実行より、計画に重きをおくべきなのだと、そう主張すると、彼女は、うーんと唸りながら首を縦に振った。


「たしかにねえ」


 それから急に思いついたような表情をするといった。


「ちょっと、明日付き合ってくれない?」

「え?」


 突然のことに絶句する。

 確かに明日は土曜日だが。

 つ、付き合って?


「捜査に」


 彼女はそういうととびっきりの笑顔を見せた。


「あ、そういうこと、ですか」


 でも、これってデートなのかな。ひょっとして。

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