第25話 西岡の決意
魔導プログラム開発統合環境グリモワール専門警察官、略して魔導官はそれほど多くいるわけではない。魔法に感染し、魔法を制御できるというだけである程度の素質と訓練が必要だ。またその中で魔法を自分自身の欲望のためでなく、社会のために使う、それが魔導官なのだ。
だが魔法という存在が一般化されていない秘匿された存在である以上、魔導官は表向き普通の警察官だ。魔導課とは名乗れない以上、魔導課の看板は捜査一課分室、とされている。
私は課長室からまっすぐ廊下を歩き、捜査一課分室にやってきた。妙にこの部屋の入口が汚れているのは仕事熱心な証拠だろう。
風呂も入れず、徹夜で課にとどまることが多く、男性職員がほとんどという捜査一課と、この課は独特の臭いがする。コーヒーとタバコと体臭が混ざったような臭いだ。きついときは耐えられないときもあるが、今日はまだ大丈夫なレベルだ。
部屋に入ると、食べ残しのカップラーメンがなぜか、足元にあり、それを拾いあがると給湯コーナーへもっていき、捨てる。
「ったく、いい加減ゴミはゴミ箱へもっていけってのに」
ぶつくさ言いながら課内を見渡すと誰もいない。会議が終わったばかりだし、いつもならまだ残っているはずなのだが。
「いた」
奥にあるミーティングスペースで数名の強面の警察官に囲まれる形で西岡タクヤが小さくなっていた。
彼はこちらを見るや否や、ぱっと表情を輝かせている。
いきなり強面の国家権力に保護されて、取り調べなどをされていればそうなるのかもしれないが。
「おーお姫様。説教は終わったのか」
渋い声の五十歳くらいのリーゼントの刑事、小早川がからかうように言う。
彼は現場たたき上げの刑事だったが、この魔導捜査課設立と同時に異動してきた。たたき上げの捜査能力がすごい。
「説教じゃないし」
すねた感じでいってしまう。その顔をみて小早川は嬉しそうににやけた。
若い娘に見える自分を何かとからかってくるセクハラ親父だ。
「レイちゃーん」
にこやかに手を振るのは、権藤だ。筋肉隆々の腕は西岡をしっかり捕まえている。こちらの男も何かと手を握ってきたりと、そのセクハラ度合いは似たようなものだ。
私は嘆息しながら近づいていく。
「く、黒木さあん」
小さい声で情けなさそうな声を出すのが西岡だ。体を小さくして、上目遣いでこちらの反応を伺っている。そういうすぐ人に頼ろうという態度にイラっとしながら、腰に手を当てるポーズで高圧的にレイは尋ねた。
「……君さあ、魔導官やるって本気?」
そういうと弾けたようにリーゼントと筋肉が挑発しだした。
「あん? 適当なこといってるとしばくぞ」
「お前、魂胆が見え見えんだよ、レイちゃんが目的だろ! 調子乗んな犯罪者」
「とりあえず、いーから!」
血走った眼で睨む二人を怒鳴りつけると、転じて西岡をみやる。
さわぐ二人から引き離し、隣のミーティングスペースへ連れていく。ついてこようとする権藤に来るなと手で合図を送ると、西岡を座らせる。
「で? 本気でいってる?」
「そ、それは本気です」
西岡はテーブルの下で拳を握り締めて緊張した面持ちでいった。それを見ながら冷たくいう。
「なんで?」
「……」
「言えない、もしくは根拠がないのなら――」
「あります!」
突然大声で西岡が叫ぶ。魔導課内が一瞬しんとなった。
権藤が面白そうな顔で口笛を吹くのがわかった。我に返ったようで西岡はたどたどしく語りだした。私は黙って彼の言葉を待つ。
「ぼ、僕は今まで学校で友達ができたことがないです。情けない話ですよね……学校でいつも友達に囲まれてる黒木さんには想像できないかもしれません。
はじめは何とか話しかけようとしました。けれどダメなんです。隣の席の男子に話しかけるだけで緊張してしまうし、男子ですよ。女子なんて考えられないくらいです……
話しかけたとしても、なんだか変な雰囲気になってしまったり、会話が止まってしまったり……中学の時はストッパーって言われてたんですよ。僕が話すと会話が止まってしまうから」
彼は涙目になりながら、しかしちらちらと私のほうを見ながら一生懸命話していた。
いつの間にか険しい顔をしていた権藤たちも耳を傾けている。彼が緊張しないように遠くからだが。私はその様子を見ながら、席につくと同じ目線で彼の顔を見る。
「うん」
「あ、はい。いやそれでですね。高校では自分を変えようと思ってたんです。けれど、結局同じ感じになってしまってずっと一人です。一か月経って、周りの人たちは友達もできてて……あの時黒木さんが僕を誘ってくれたじゃないですか。あれ、ものすごくうれしかったんです」
早口で捲し立てるようにいう西岡の言葉を聞いて首をかしげる。
「……いつ?」
「神社の時です」
「あー……あれね」
「そうです。中学の時は、大抵ああいうイベントがあると休んでたんですけど、参加できました。一生の思い出です」
そんな大げさなと笑おうとしたが、西岡の顔は本気だった。
私も笑みを消して真剣な面持ちで頷く。
――ここかあぁ……
内心頭を抱えた。西岡から恋愛感情をもたれていると聞かされて、何かきっかけがあったかと考えて、わからなかったのだが、今解けた。
「だから、黒木さんが僕の名前を間違えたとき、本当にショックで」
「あー……それはごめん。私結構適当なとこあって」
私は両手を合わせて軽く謝罪する。
「いや、いいんです。あんなことでキレてしまう僕に問題があるんだと思います。けど思ったんです。僕が唯一得意なプログラミングを生かせる魔法を仕事にできたらいいなって」
その言葉を聞いて複雑な気持ちになる。
魔法はもろ刃の剣だ。
「……魔法は確かにすごい力だよ。でも同時に危険なものでもある。だから国は魔法って存在を隠してるんだ。そしてそれを悪用しようとするものを取り締まりをしようとしてる。それが私たちだ」
「はい、わかってます……けど」
西岡はうつむきがちだった顔をあげた。
その顔は青ざめていたが、決意の表情をしていた。
「今回逃したら一生後悔する気がするんです。自分の人生を変えたい。そのために魔法を手放したくないんです。そのためなら魔導官にだってなる、なりたい。仮想世界なら自分を出せるんです。それを現実世界にもっていきたい。魔法は考えたことを現実化する力でしょう?僕にぴったりなんじゃないかって……甘いかもしれませんが」
「そっか……だけど魔法は――」
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