第24話 桐谷の裏指示

 課長の部屋にはいる。普通課長くらいで部屋など与えられないものだが、彼は特別らしい。警察庁キャリアでも特殊な立ち位置だとか。

 ソファに座るように促され、いう通り腰を掛けると桐谷も向かいにあるソファへ座った。 

 緊張した面持ちで所在なさげにしていると、桐谷は、少し目元を緩めてこちらを見やると、微笑んだ。


「二人きりなんだ、以前のようにお父さんと呼んでもいいんだぞ」

「いえ……」


 何と言おうかと口ごもる。そう呼ばなくなってからずいぶん経つ。いまさら呼べない。甘えたくない。だからこそ家を出たのだ。それに色々と考えることもある。微妙な関係なのだ。


「そうか」


 桐谷は、あまり長くは取り合わず、別の話題に切り替えた。


「さっきの捜査会議でのことだが、嫌なら被疑者との接触をやめてもいい」

「え……」

「本当なら私も娘を妙な男のところへ送り込みたいわけではない。特に娘が嫌がってるならな」


 娘といわれてむず痒いような、うれしいような気持ちが入り混じる。

 私は少々伏し目がちに、首を振った。


「大丈夫です、やります」

「そうか……必ず後ろに権藤をつける。無理はするな」

「はい」

「もう一つある。君の同級生のことだ」

「はい、西岡君のことでしょうか」

「ああ」


「彼は今魔法感染者ということで保護し、魔法感染した経路などを調べている。最近多いネットで購入し、指定の受け渡し場所で感染したということだ。売人もよく目撃されている少年タイプだったらしい。連絡先のアドレスも当然調べてたが足取りは掴めていない」


「なるほど、最近多いですね」

「幸い彼は、魔法感染の症状はまだほとんどないし、通常ならあとは隔離施設に入れて、呪痕を取り除く手術をして終わりだが、今回は君のレポートがある」

「はい」


 桐谷は少し目を細める。


「彼は魔力を失わせる呪を持つと?」

「そう思っています」


 私は自分が体感した魔導円内での出来事を説明した。

 魔力を強制的に抑え込んだ上に体力や精神力を失わさせられた。魔力を源泉とする呪にも公開があるかもしれない。


「ふむ。そうすると重度の魔法感染者の治療に繋がる可能性があるというわけか。ひいては君の妹にも」

「はい」

「しかし、警察が保護した魔法感染者を自由にはできない。魔導官として活動させる以外には」


 その言葉を聞いて顔をしかめる。嫌な予感がしたからだ。


「すると、課長は西岡君を魔導官にすると?」

「見込みはあると思うか?」


「……魔導官にせずとも魔法研究の協力者とする道もあると考えますが? 魔導官は厳しい道です」


 少し考えてからそういう。


「協力者、いい言葉だが末路はわかってるな? 研究という名の元に負荷のかかる実験をさせられ、大抵は呪に呑まれて戻れなくなる。君は彼をそうしたいというのかね?」

「いえ……そういうわけでは」


「社会は徐々に魔法感染が広がってる。このままでは世に知れ渡るのも時間の問題だろう。そのとき警察は保護した魔法感染者をどう扱ってきたか、裁かれることになるだろう。保護といっても実態はひどいもんだ」

「はい……」


 妹のことを思い出す。

 見た目の変化まで及ぼす呪の場合は、外に出せない。現状保護という名の軟禁をするしかないというのが実情だ。


「人道的な面だけではない。本人の積極的協力が魔法感染の特効薬づくりに効果的と上は判断した」

「積極的協力ですか」

「そうだ。幸い、本人は魔法を手放したくないそうだ。そして魔導官をやれば魔法を合法的に持つことができることもわかった上で、魔導官になるということを承諾している。あとは彼を教育する人間、監督する人間が必要だ」


 そういわれて先程の予感が正しかったことを確信する。


「それを私にやれと……?」

「ああ、君の報告が発端であり、君のクラスメイトだろう? 適任だと思うがね?」


 そう言われてげんなりする。


「今回たしかに彼は事件を起こした。だからこそ、野放しにはできないだろう。それに彼の行動理由は、村上翔というクラスメイトに嫉妬してのことだ。その理由はなんといってもレイ、君自身の存在が理由だそうだ」


 そういうと桐谷はおかしそうに口元を綻ばせた。


「私……ですか?」


 よくわからず小首をかしげる。


「端的に言えば、彼は君に恋愛感情を抱いている」

「ええっ!」


 思わず驚きの声を上げてしまう。


「そう驚くことはないだろう。君自身の魅力がそれだけ上がっているということだ」

「……あまりうれしくもありませんが」

「まあ、そう言うな。人間気持ちも変わる」

「変わりたくないんですけど」


 こういう自分の性がわからなくなって以来、恋愛というものに臆病になっているのだ。自分は男なのか、女なのか、それすらわからないのだから当然だろう。


「それはともかく、まず彼の能力、人柄など君が信じられる人間なのか、見極めてくれ」

「……ものすごく大変そうですが理解しました」

「そうか、ではよろしく頼む」


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