第23話 捜査会議

「県警からの報告だ」


 捜査会議室の前方に、細身の男が立っていた。鋭利な雰囲気でいかにも頭の切れそうな厳しそうな印象だ。実際、その印象通りの男だった。桐谷征仁という男は。

 どうやったのか魔法という得体の知れないものを政府に認めさせ、警察内部に魔導課というものをつくったのだから。


 桐谷の声をともに捜査会議室の壁に映像が写しだされる。


「被害者は、BシステムズというIT企業の社員たちだ。昨日とんでもない数の石が投げ込まれ、ワンフロア壊滅状態。死者もかなり出ている」

「課長」


 空気を読めない権藤が手を挙げる。


「それってうちに関係する事件なんですか?」

「話は最後まで聞け」


 私も権藤と同意見だった。私たちは魔法専門の警察官なのだ。石が投げられたからといってどうだというのだ。


「現場の写真だ」


 部屋の様子を写した写真が次々と映し出されていく。

 血まみれの凄惨な写真だった。


 思わず子供の時の光景を思い出し、目をつむってしまい、両手で自分の体を抱きかかえこんでしまった。ダメだ。まだ乗り越えられていない。

 死体を見慣れている男たちも顔をしかめている。


 桐谷がこちらを様子を見て、写真を別のものに切り替えた。

 血まみれの石の写真。ごつごつしていて、先のほうに肉片がこびり付いている。


――気を使ってくれたわりに、これはこれで……。


「はい!」


 権藤が興味なさそうに手を挙げた。こういうとき、彼の気楽な感じが癒しになる。


「石が原因なんですか? 例えば兵器みたいなものじゃなくて」

「生き残った被害者に聞いた限りでは、石、だそうだ」


 次の相当な数の石が転がっている写真をみて、まともじゃないことは一目でわかった。権藤も黙った。


「……これが魔法事件と考えているのは、この事務所の場所だ」


 そういうとビルの図が表示される。


「三十階建てのタワーオフィスの一角。この近くには、これ以上の高さの建物はない。部屋の状況からも外につながる窓ガラスを突き破って、石は投げ込まれている。同じビルのフロアから投げられたとは考えにくい」


 桐谷の言葉に騒々しくなる。


「つまりどこか投げ込まれたのかわからない石にやられたってわけですな」


 年かさの魔導官で、リーゼントがトレードマークの小早川が問うた。


「そうだ。科捜研にも計算してもらったが、周囲の建物からでは不可能だそうだ」

「だから魔法の仕業ということになってると。ちょっと安直ではないですか?」


 と権藤。

 桐谷はその言葉に苦笑する。


「まあ、そういうな。魔法は警察の間でも国家機密とされている。その魔法を追う我々もまた同じだ。一般の警察官からすると我々魔導課は謎の組織だ。少しでも貢献する必要がある。こういうよくわからない事件を担当するのもよいアピールだ。彼らに――」

「未来のために恩を売っておけ」


 桐谷の言葉を代わりにいう権藤。桐谷は再び苦笑する。


「そうだ。私はいずれ国家が魔法を認めざるを得ない時期が来ると考えている。ただし、それには秩序が必要だ。国家による法がな。そしてその法の番人が我々魔導官だ」


 いつもの演説がはじまり、げんなりとした顔をする一同。

 しかし、私はこの演説が好きだった。


――桐谷課長と、父はよく似ている。


 友人でもあったと聞いている。

 良く語り、良く働く。

 内容自体は、魔法根絶派の私としては賛同できないのだけど。

 魔法はこの世から消滅させるべきだ。妹を救えたらきっと私も魔法を捨てるだろう。


「今のところほとんど手掛かりがない。周辺の聞き込みも進めているが、手掛かりなしだ。そこで我々も独自に捜査していく」

「んなこといってもよ。どうやって調べろっていうんだよ。前みたいに全員で使い魔飛ばすかあ? そのあと、みんなぶっ倒れたけどな」


 ぶはははと、小早川が心底おかしそうに笑うが、桐谷はそれを制するように手を振った。


「ただし、あたりはついてる」

「さすが」


 思わず私は称賛の声を上げた。

 桐谷は用意周到な男だ。プランなく行動はしない。

 ディスプレイに若い男の顔が映し出された。

 どこかで見た顔だ。


「名前は上条秀樹。西高校の一年生、十六歳。テレビで話題にもなった少年だ。知っているものもいるだろう」


 皆の視線がこちらを向く。その期待に応えるため、脳裏から情報を引っ張り出す。


「たしか強豪でない、ただの公立高校を甲子園まで引っ張ったエースとかいわれてましたね。魔球を投げるとか」

「さすがはレイちゃん。野球少年だねえ」

「今は魔法少女だけどな」

「うるさい」


 権藤の軽口にうまく乗る小早川。二人を睨みながら私は口を開く。


「なるほど。その魔球が魔法を使ってるんじゃないかってことですね。そして、石を投げ込んだのも彼ではないかと」

「そうだ。科捜研によるとこれもまた物理法則を無視したありえない投球らしい。手元で突然スピードが変わる魔球だ」


 映像が変わり上条がピッチングするシーンが映される。


「どうだ? レイ」


 その映像を見るが首をかしげる。


「……たしかに普通の伸びる球だとか、チェンジアップよりは変化が大きい気がしますね。ただ魔法といえるかというと……わかりません。この映像だけでは」


 レイは映像の球筋をみながら話すと、桐谷は我が意を得たりとばかりに笑った。


「そこでだ。レイ、被疑者に接触してみてほしい。魔法使用を認められるか……魔法使用を認められない場合は、それ以上捜査できないわけだしな。警察とは名乗りにくい」

「……はい」


 反射的に嫌そうな顔をしてしまうが、何とか押し殺す。


「嬢ちゃん、女子高生だそうだ」


 にやにやしている小早川を睨む。

 敬愛する桐谷の頼みだ。断るわけにはいかない。しかし、可愛い女の子を演じるのは疲れるのだ。学校内だけでも十分なのに。


「でもそれだけで上条が犯人といえますかね?」


 権藤が当然の疑問を口に出す。


「確かに事件の内容と、能力が一致しているというだけだが、まずは魔法の不正使用で引っ張る。少しでも情報が欲しいからな。権藤はレイのバックアップにつけ。こばさんは、上条の交友関係を当たってくれますか?」

「へーい」


 会議といっても今回はたった四人しかいない。もともと数が少ない魔導課だが、他の魔導官は別件で出払っているらしい。どういう作戦で上条に接触するのか。確認しようと手をあげる。


「あの‥‥…」

「以上だ。細かいところは任せる」


 しかし強制的に話を打ち切れられた。内心、口を尖らせていると、桐谷が声をかけてきた。


「レイ、ちょっと話せるか」


 そう言われた。

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