第22話 肉体透視の呪

「ちょっと横向いてくれる?」


 その言葉に従い、固い寝台の上で私は横に体を向けた。

 今度は上、逆方向。


 自分を見おろすのは、派手な女性だ。盛り気味の金髪に近い明るい髪と濃いめの化粧、胸元が大きく開いたほとんどキャバ嬢にしか見えないセクシーな服装だが上から白衣を羽織っている。れっきとした医師だ。


 こういう格好をまったくいいとは思わない。自分の趣味と違うからなのか、やはり自分の認識性が影響しているのか。こういう女を見ると嫌悪感しか抱かない。


「うーん」


 顎に手を当てながら不自然なほど近づいて、腹をのぞき込んでくる。毛穴まで見え、匂いまで感じられそうなくらいの距離に少し警戒してしまう。

 普通の医師がこんなことをしていたら、それで何がわかるのかと思うだろう。しかし彼女は違う。彼女が顔を上げる。その瞳があらわになる。


 独特な色彩。虹のようにグラデーションがかっている。その普通の人間ではありえない美しい瞳にいつも少し見惚れてしまう。目が合いかけて、目をそらす。

 彼女が普通の人間でないことはわかっている。彼女も魔法感染しているのだ。だが、これは魔法ではない。その副作用、呪だ。


「ごめんね、この目、近くでないと見えないのよ」

「わかってます」


 こちらが緊張していたのが分かったのか、そんな言い訳じみたことをいった。


「やっぱ進んでるわよ、呪が」


 自分を見つめる瞳が心配そうな色を帯びる。


「そうですか」


 あまり感傷もなく首肯する。

 まああれだけ魔法を使っていれば、進んでしまうだろう。よく見ないとわからない程度でよかったといえばよかった。


「そうですか、じゃないわよ。あんたもう戻れないわよ。いまさらだけど」


 怒ったように腰に手を当てて医師――有栖川マヤは眉根を上げた。


「わかってますよ」


 そう言いながら私は寝台から起き上がった。


「とっくに覚悟できてますから」

「あのねえ、覚悟なんて高校生が言うもんじゃないの」

「子供の頃からですから」

「だからって――」


 言い合っていると、不意に医務室の扉が開く。ノックも何もない無遠慮なこの開け方で、誰が入ってきたかわかる。権藤だ。


「失礼しまーすよ」


 のそっと入ってきたのはやはり権藤だった。私と彼女がにらみ合ってるのを見て肩をすくめる。


「何か揉めてる?」


 軽い口調で聞かれて、私は興を削がれて女医から視線をずらした。何も考えてなさそうな権藤の顔が見える。空気が悪いから良くしてやったという感じだろう。イライラする。別に頼んでもいない。


「別に……そもそも乙女が薄着で診察受けてるときにいきなり入らないでくれる?」

「……乙女だったり、男だっていったり、忙しいよね」


 頭を描きながらそんなことをいう。痛いことをいうやつだ。自分でも自分の性がよくわからなくなってきているのだ。その動揺を抑えながら口を開く。


「なんか用?」

「冷たいなあ……レイちゃん、これから捜査会議だってよ。課長が呼んでる。先行っててくれ」

「……はい」


 その言葉を聞いて私は、医務室から出た。

 事件だ。切り替えなくてはならない。いつまでも子供ではないのだ。



  ◆


「やっぱり、あの子に嫌われたみたいね」


 扉が閉まり二人きりになった途端に彼女がそんなことをいった。


「難しい年ごろですからね……どうなんですかレイちゃんの呪は?」


 権藤は真剣な面持ちになった。


「進んでる。最初は胸とか目立つところだけだったけど、今は……体内も女性の体になっていっている。もはや普通の女の子といえそうなくらいに」

「なるほど……」


 昔を知る権藤は神妙な顔で頷いた。


「桐谷課長もすごく気にしてる。完全に女になった後どうなるんだろうって……いっそ、魔法使用をやめてしまえばいいんだけど」

「それは無理でしょうね」


 権藤は即答した。


「レイちゃんは、やめませんよ。絶対にね」

「妹さんのことだよね……まあ、私もなんとか力になりたくて、魔導官の担当医になったんだけどね。この目もあるし」


 そう言いながら目の下を引っ張る。様々な色の絵の具を水の中に垂らしたような独特の色彩をした瞳だ。色彩は常にぐるぐると動いており、じっとしていない。


「肉体透視の呪ですか。本当に人間の体の中が見えるので?」


 マヤは権藤に視線を向けると、人差し指で彼の胸に触れる。


「もっちろん。今も君のスーツの下にある傷跡が見えてるわよー」


 見事に的中されるが、権藤は口元を歪める。


「透視できるのは肉体だけじゃないので?」

「違うわよ」


 彼女はにやりと笑った。


「人間を見たときに中身が見えるのよ。例え服を着ててもね。まあ、限度はあるんだけど。例えば、隣の部屋は透視できないし、車の中も見えるわけじゃない」


 ほおと感心した声を出しながらも、疑わしい顔をする。


「その程度じゃ、うちの課の誰に聞いたのかもしれない。そうだ、さっき食べたものを当ててみてくれませんか?」


 挑戦的な態度でいうと、何も言わずにマヤは視線を権藤の腹へ向けた。


「これは……カレーライスね。でもおかしいわね、ごはんとルーに交じって、なにかしら、ラーメンみたいな麺も見えるわね」

「参りました」


 見事に先ほど食べたものを当てられて、あっさり両手を上げる。

 匂いでカレーライスは当てられるかもしれないが、ラーメンはわからないだろう。しかも、論理的な推測では主食を二つも食べたとはおもわないだろう。普通。何か他の情報を得ているということだ。透視以外にも方法はあるだろうが。


「便利な力ですね」


 素直にそういうが、彼女はかぶりを振った。


「そうでもないわ。この能力はオフにできないのよ。だからこその呪なんだけど」


 マヤは寂し気に微笑した。


「そう、常に人間は人体模型にしか見えない。君、男前らしいわね」


 それをきいて大袈裟に驚く態度をとる。


「この俺の顔が男前に見えないなんて、そりゃ大変だ……しかし、それでよく、課長とああ、なりましたね」

「……はっきり言うのね、それは彼の文字通り内面の美しさに惹かれたのかしら?」


 そう嫣然と微笑んだ。

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