第21話 黒木レイ 下
二人でゼロとイチ。そうすると世界を表せるんだ。
シャワーから流れる湯水を浴びながらふと、誇らしげに語る実の父の顔を思い出した。
自分の名前、零の由来だ。当時まだ九歳だった。
IT企業の社長で自分自身もエンジニアだった父は、いつもやたらと人生の訓示のようなものを語る癖があった。
過去にしたことが今自分にかえってきてる。だからこそ、未来のために、今、何をすべきか考えろ。
小さい子供に語るようなものではないとおもうが、そんなことをよく言っていた。
私は、よくわからないなりに、父の言葉を理解しようとしていた。
――過去にしたことが、自分にかえってきているのなら、今のこの寂しさをつくったのは、私のせいなの?
私は頭上から注がれる湯に打たれると、浴室の鏡に映る自分の姿をぼんやりと眺めた。
あの事件以降すっかり変わってしまった体。
とても美しい体。きめ細やかな肌は白くて、手足は細くて無駄な肉がない。あの日から少しずつ大きくなっていく胸のやわらかな膨らみ。
とても憎らしい。潰したくなる。自分には本来必要のないものだ。
「ある種の呪いだ。この姿は」
一花はこの姿を見て余計に自己嫌悪に陥るのだから。
妹の名前は一花。
事件当時は、幼稚園に通っていた。
いつも自分の行動を真似して、ついてきたがるのが鬱陶しかった。あの日も野球に行こうとして、妹がついてきたがったことを覚えている。うまく適当なことをいって、追い払った。
もしあのとき妹もいっしょに連れてきていれば、あの感染の影響を免れたかもしれない。妹は殺された両親の近くにいたから魔法感染の強い影響を受けてしまっていた。著しく外見が変化してしまったのだ。それは思春期の女の子が耐えられるようなものでなかった。
――私は、いやオレなら耐えられた。男だから。
何もなければ、妹が美しくなっていたに違いない。
病室の中で、医師にすら顔を見せられない現在の妹の姿を思い出して、後悔の念に駆られる。
この美しい姿は、本来彼女が得るもののはずだったのだ。
まるで妹の体を略奪したようだ。
魔法が嫌いだ。憎んでいるといってもいい。
だが、それでも目的のため、魔法を使うしかなかった。魔法の被害を受けた妹を救うためには魔法しかないのだから。
必ず妹を救わねばならない。
それが兄としての役割だ。
シャワーを浴び終えると、バスタオルで体を拭きながらそのまま、誰もいないキッチンへ向かう。 高そうなシステムキッチンがあるが、使われた形跡はない。新品同様のキッチンをぼんやり眺めながら冷蔵庫を開ける。
中にはほとんど何も入っていない。ペットボトルのコーラが数本とお菓子、カップ麺なども冷蔵庫に入っていた。私の中で冷蔵庫は食料を入れるものという意識がある。
――今日も食欲がないな。
そんなことを思いながらコーラをラッパ飲みする。
これが朝食代わりだ。
そのあとは下着をつけ、ブラウス、スカートを履く。朝は早くも遅くもない。学校には電車で四十分程度かかるところにある。
家の中に備え付けられている魔導官専用のアプリケーションが入ったホームディスプレイには、今朝の天気や事件、ニュースなどが表示されている。
この端末には出動要請があれば、メッセージが表示されるのだが、別のメッセージが表示されていた。
「検査? また?」
ドライヤーで髪を乾かしながら、ディスプレイを横目で確認し嫌そうにうめく。
髪も昔は短かったが、ずいぶん長くなった。
短いままでもよいのだが首元にある呪痕を隠すという意味でも好都合だったため、髪を伸ばしている。髪を上げるときは魔法で隠すのだが、常に魔法を使うというのも効率が悪い。細いしなやかな髪を乾かすと最後に制服の上着を羽織る。
――ま、似合ってもいるしね。うん、かわい――
思わず抱いてしまった女子ぽい感想に、顔をしかめる。
慣れてもいいが馴染むな。
妹は今も苦しんでいる。
母と父はこの世にいない。
――だが後悔ばかりしても未来は変わらない。これからのため、今何ができるかだ。
あの事件の担当刑事だった桐谷に拾われ、私は命を救われた。
あれ以来、この魔の力と向き合い、戦えるだけの力を得た。自分の全能力をかけて、自分の人生をかけて、魔法をコントロールできるだけの力を得てきたのだ。
それだけに中途半端な覚悟で魔法を得ようとするものが気に入らなかった。
私が現在所属する警察庁魔導課はまだ少数精鋭の組織だ。
そもそも魔法に適性を持ち、こういう立場に置こうと考える者自体が非常に少ないせいだ。
その中でも私はもっとも古い魔法感染者の一人ということもあり、努力のおかげもあって、魔法の扱いには慣れていた。
魔法の経験年数が長いほどその適応も進んでおり、強い魔法使いとなっていることが多い。
そういう理由もあり、私の役割は主に魔法の行使。
周りの大人たちがお膳立てした被疑者逮捕プロセスの最後の実行役といったところなのだ。
それは私としても本望だった。
それは自分の目的を達成するため、何かをしたい。何かしていないと落ち着かない。
妹を救うため、そして七年前のあの日、家族を殺し、自分たちに魔法感染させたあの鬼のような男を探し、復讐するためだ。だから魔導官になったのだ。
それに魔導課には養父である桐谷征次もいる。
今は一緒に暮らしていないが、小さい頃は桐谷家にお世話になっていた。その恩を忘れてはいない。なんとか彼の力にもなりたい。
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