第19話 ね、西岡君

「ね、西岡君」


 その言葉にはっと顔を上げたとき、目の前には女神でもいるのかとおもった。


 強調でなく。細い体に、しなやかで細い茶髪は、腰近くまでありそうだ。一点の曇りもないきめ細やかな白い肌はつるりとして、陶磁器のよう。美しい白い顔をした彼女、黒木レイが僕の目の前で微笑んでいた。


 いや、ちょっと口元がぴくぴくしていて、目元が吊り上がっているように見える。つまり、ちょっと怒ってるようにみえる。


 が僕はそれには気が付かず、名前を正しく読んでくれたことに満足していた。


「ちょっといいかな」


 何の変哲もない朝の教室。

 先生から可哀そうな人に声を掛けなさい、という指示がなかったのに、突然カースト上位の黒木さんが、最下層の僕に話しかけたものだから、クラスが騒々しくなる。

 男子からの嫉妬、女子からの悲鳴に似た声。


 僕は一体なんなんだ。珍獣か。


 一瞬そう思ったが、目の前の少女が返答を待っているので気を取り直す。


「え、え?でも。もうすぐ先生くるし」


 僕はどもりながら必死で、いま話せない説明をする。

 第一、ほら、みんなも驚いてるし。変な噂になるのもよくないんじゃないかな。

 すると彼女は顔を僕に近づけ、鋭く囁いた。


 近づかれると、それはそれで……。


「いう通りにしなさい。何、変な魔法をかけてくれてんのよ」


 他の誰も聞こえない程度の小声で、そんなことをいった。

 それを聞いて驚く。

 そもそも彼女がやれといったのだから。

 それに口調がすっかり変わっている。普段学校で使っている言葉遣いは、もっとこう、おしとやかなのに。


 いや、まあ、この手の話をするときは最近こうなので、慣れてきてるんだけどね。


「え、え?い、いや昨日魔法をかけろっていわなかった……でした?」


 彼女の目つきが鋭くなり、僕の耳を引っ張る。


「痛い!」


 教室から出るとき、クラス全員の視線が僕に集中しているのが分かった。あのいけ好かない村上たちも唖然としてぽかんと口を開けているのがおかしかった。


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