第17話 固有の呪
西岡が他の警官に身柄を引き渡されていく。気の毒なくらい小さくなり、顔は青ざめていた。
あまり大ごとにはしたくないため、パトカーではなく、普通の車で署に連行してもらった。それを見届けて、ほっと一息つく。
ふらりと体が倒れそうになっていたらしい、背後から体が優しく支えられた。
「どうした、寄りかかってきて。俺に惚れたか」
背後にいる人物がにやりと笑う顔を見上げ、私は、オレは馬鹿にしたように鼻で笑った。
「なわけねえだろ、馬鹿が」
「そ、そこまでいうことないだろ、せっかく来てやったのに」
見た目に似合わない情けない声を出すのは、相棒の権藤だ。
「だいたい、お前がオレに来させるからこうなるんだろ。同級生の依頼だぞ! なんだよ、怪奇探偵って恥ずかしい」
指を突きつけ怒鳴ると、権藤は頭をぽりぽりとかき、
「わりい、わりい、どうしても外せない用事があってな。でもすぐ助けに来ただろ、こうやって」
「……そこには感謝してる」
「そうだろ。ならチューくらいしてくれてもいいんだぜ」
ひざを曲げて高い身長をちょうどいい高さに調整し、頬をこちらに向けてくる姿にげんなりする。
――こんな大人になりたくない。ダサ。
だがこういう姿を見て、背筋がぞっとするということは、まだオレが男だということを実感させてくれる。
「……毎回思うんだけど、お前、オレが男だって知ってるよな」
「ああ」
権藤は妙にいい顔で頷いた。
「……お前、その……どっちでもいけるタイプなのか?」
少し恥ずかしかったが前から気になっていたことを聞いてみた。
そういうと権藤はこちらの手を握りしめると、撫で始めた。
「いや、俺はお前の中身が男とかどうでもいい。今はどう見ても女だし、第一、俺はお前が超好みだからな。かわいいし、きれいすぎる。たまらん。その白くてつやつやの肌、スタイルもいいし――」
その視線が自分の身体中、あちこちに向けられているのを感じ、鳥肌が立つ。しかも手を握られてる状況だ。
「触るな!キモイ」
「き……」
手を振り払い、黙らせる。絶句している権藤の顔を見ながら、深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、本当に言いたいことを口にする。
「見つけたかもしれない」
「何を?」
「だから、探し物だよ」
真剣な面持ちでそういうと、さすがにいつもふざけている権藤も真面目な顔になった。
「まじかよ」
「ああ、あいつの魔導円範囲にいたんだが、それでこのザマだ」
と腕を顔あたりまで上げる。
すると筋力が足りず、腕が震える。すると支えてやると言いながら、また触ろうとしてくるので、すっと腕を引く。
「魔力やら何やらが全部とられた感じだ」
「なるほどな……伊達に呪縛耐性があるわけじゃねえ、ってことか。で、そういう魔力を吸い取る魔法という可能性は?」
真面目な顔で権藤。
「ここまでの威力で人の魔力を失わせる魔法は、たぶん禁術になる。妹の治療もあって、散々その手の魔法のテストしたからな。あと、本人に確認した。単純に魔力の弾を撃つような魔法だったらしい」
「ってことは」
オレは笑みを浮かべて、続ける。
「ああ、あいつ固有の呪の可能性が高い」
オレは、黒木レイは妹の顔を思い浮かべた。助けられるかもしれない。
「あ、あと怪奇探偵は俺のアイデアじゃねえよっ」
権藤が思い出したようにそんなことを言った。
◆
わけもわからずパトカーに乗せられて、制服を着た無表情な男にがっしり腕を掴まれている。ちらりと横目でみると、男はまだ若そうだが、自分から見れば十分な大人だ。
体の震えが止まらない。
雨に濡れて体は冷え切っているはずなのに、頭の中は暑い。煮えたぎっている。だらだらと汗が垂れてくる。
なんでこんなことになった。
途中までは調子よかったんだ。
村上のやつに魔法をかけて、まんまと奴は罠にかかった。
それなのに……。
黒木レイ。
きれいな彼女の顔を思い出す。
警察よ。といったときの顔を。
学校で見せていた柔和な顔でなく、硬い表情。魔法を使ったからなのか? 魔法は逮捕されるのか?
わけがわからない。なんで高校生の彼女が警察なんだ? あの一緒にいたヤクザみたいなやつは、もしかして彼氏なのか? なんで村上を助けて、僕をこんな目に遭わせるんだ。これから自分はどうなるのか。逮捕されただなんて、親はどう思うだろう。
学校はどう思うのだろう。
もう学校にいられないかもしれない。
そうなれば終わりだ。人生終わりだ。
「くそ」
悔しさと理解不能さ、これから自分に降りかかる正体不明の恐怖に、涙が出た。体の震えが止まらない。
隣にいる警察官は、ちらりと一瞥するが何も言わない。しかし座席の後ろから毛布を取り出すと、かけてくれた。こちらの様子を見て寒そうだと思ったのだろう。
その優しさを感じながら、ただただ僕はパトカーに揺られていた。
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