第15話 彼女は強く抵抗しなかった

 ぽつりと天から水滴が降ってきた。そのことが僕を決断させた。何を思ったのかこんなことを口走ってしまっていた。


「き、き君の、い、家まで送ってくよ!」


 女の子を送るなんて言葉、もちろんいったことがない。少しつっかえたが意外とスムーズに言えた。


 感情が高ぶりすぎて、訳が分からなくなっている。緊張で心臓がどきどきしている。手汗もびっしょりだし、呼吸だってしづらい。


 彼女は目だけこちらに向けていた。意外そうな顔。


 今の一言で気が削がれたのか、先ほどまでの険しい表情から一転、いつもの学校での顔になっている。


「いらない」


 あっさりそう言われるが、一度言ってしまった言葉を撤回するのも恥ずかしい。僕は意固地になっていた。彼女に触れられるほど近くにいく。


「だ、だめだ」

「いらない」

「だめだって」


 僕は彼女に手を伸ばし、その手が振り払われる。傷ついた。彼女はひどくイラついた声で捲し立てた。


「お、お前はバカか! なんでこの状況で家に送るとかいうんだよ」


 思いっきり睨まれる。


「う……そ、そうですけど」


 正論を言われて押し黙る。

 しばらく言い合っているうちにすっかり雨が降り出してしまっていた。

 さすがに濡れるのは嫌だったらしく、彼女は立ち上がろうとするがどうも力が入らないようで、フラフラしている。


「危ない!」


 咄嗟に僕は彼女に肩を貸していた。


 柔らかな感触と、いい香り。一瞬硬直したが、彼女は強く抵抗しなかったので、そのまま僕たちは無言で屋上を後にし、薄暗い屋内にはいった。


 目の前には下への階段がある。


 雨で濡れた体に、女子の柔らかな温かみ。雨の匂い、と使われていない屋上のすえた匂いとシャンプーの匂い。いろんなものを一斉に感じ、僕はドギマギし、そして自己嫌悪に陥っていた。


 さきほどまで憎くて仕方なかったのに、もう心臓を高鳴らせてしまっている。

 彼女と密着したまま、眼前の階段を見下ろす。


 このまま階段を下りたほうがいいよな。


「もういい」


 僕の迷いを打ち消すように彼女はそう言った。僕は手を離そうとして、彼女が全く、力が抜けていることに気づき、掴み直す。


「やっぱり、だめですよ」


 その体勢のまま彼女は振り向く。じっと真っすぐな目で見つめ、


「……なんで急に態度を変えた?」

「わ、わからないんですけど」


 実際わからなかった。あの時、名前を間違えられてあんなに激高したというのに、今は冷静な状態に戻っていた。なぜなのか。


「……私が弱ってるからといって、変なこと考えてないだろうな」

「そ、そそ、そんなこと考えてないですよぉ!」


 ぎろりと睨まれて、慌てて彼女から体を離しつつも、手を貸しながら一旦階段に座らせる。

 彼女の温もりと感触が残ってしまっていて、ますます心臓が苦しい。

 すごく大切な何かが残されたような気分となった。


 少しばかり沈黙。彼女の呼吸音が聞こえる。少し乱れているようだった。まるで長距離を走ったあとのような。


「これは何の影響なんだ……? 少し戻ってきてるが」


 彼女は自分の震える手を見つめながら、ぼそりと呟く。

 彼女の言葉の意味がよくわからない。

 状況からみて、黒木さんは相当に魔法のことが詳しいように見える。


「あ、あの、聞いていいですか?」

「……何?」


 すごく不機嫌そうな声。学校で見かける彼女は親しみやすそうな雰囲気だが、全然違う。こちらが地なのかもしれない。単純に嫌われたのかもしれないが。半分やけくそになっている僕は、あまり緊張もせず話せていた。


「えと、黒木さんも魔法使えるってことですよね」


 彼女は答えたくなさそうな表情をすると、


「……その前に教えてくれ。最後の魔法はどんな効果だ?」

「えーと、マキシマムですよね。いや、色々考えたんですよ。魔法って二つしか同時にセットできないっていう制約があるじゃないですか。でも引数っていうかパラメータには自由度があって、威力とか効果距離とかを変えられると。そこで考えたのが、引数で威力を変えられないかなって」

「……つまり?」

「なんで、1,2,3と同じで、マキシマムは最大を示します。僕の残魔力の最大値を取得して、それをパラメータとして渡す魔法なんですよ。んでちょっと工夫したのが、呪文なんですよ。本体の呪文をなしにして、パラメータだけを呪文にしているんです」


 眉根を寄せている彼女の顔を見ていて、またやってしまってると気づいた。

 得意分野を語るとき、ついやってしまう早口での語り癖。


「あ、まあ、一言でいえば、威力を最大にしただけです」

「ふーん……」


 必死で説明した割に冷たい反応にがっかりする。


――なんで女子ってこういう説明嫌うんだよ。聞いたくせに。


 彼女は押し黙り、何かを考えている様子だった。


「あ、あの、それで黒木さんも魔法使えるってことですよね――」


 そう言おうと口を開いたとき、突然背後からドスのきいた声とともに得体のしれない金属が押し付けられるのがわかった。


「動くな」

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