第14話 男として如何なものなのか
何も起こらない。
怪訝に思って、恐る恐る目を開けると自分の渾身の力を注ぎこんだ魔法が失われていた。先ほどまで屋上を覆っていた光が消え、闇夜が訪れている。
黒木さんの姿を探すべく、視線を巡らせる。
着ているワンピースが闇色のため探しにくかったが、肌の白さですぐにわかった。
彼女はコンクリートの床に倒れているようだ。
目立った問題はなさそうだ。自分で魔法を放ったくせに安堵すると、彼女に近づく。何が起きた。
放った魔法はどうなったのだ。この建物をつぶしてやろうと思ったのに。何もなかったように 光は消え、この屋上も何もなっていない。
ただ感触として魔力を消費した感はある。ただ出し尽くしたという感じではない。
よく見ると魔導円を描いていたコンクリートが一部ごっそりと削られていた。
――このせいで魔法が中断してしまったのか。
これは致命的な魔導円の弱点だななどと冷静に考えながら、恐る恐る少女の様子を伺う。
屋上の端っこに倒れたままの彼女は、ぼんやりと闇夜をみているようだった。
――黒木さん。
僕は動かない彼女の様子をしばし呆然と見つめていたが、我に返る。
ケガをしたのか。
これは逃げるチャンスなんじゃないのか。
よくわからないが、黒木さんは魔法を奪おうとしていたのだ。第一、自分を裏切った彼女が倒れてしまおうがどうでもいい。これは千載一遇のチャンス。
村上への魔法が失敗した理由は結局わかっていないし、何もできていないが一度逃げてまたくればいい。今ここで魔法を奪われてしまったら、完全に何もできなくなるのだ。
――でも。
彼女は呼吸が浅い感じに見えた。
――なんだか苦しそうだ。
僕は何と言っていいのかわからず、彼女を眺めることしかできない。
さきほどまでのエネルギーで満ち溢れた彼女がどこかにいってしまい、まったく別人になってしまったようだった。少し近づく。
生気が抜け、白い手を震わせている。
「何とか止められた、か」
そんな言葉が聞こえた。先ほどの魔法のことだろう。やはりマキシマムが中断された原因は彼女だったのだ。
「あ……」
何も言えず動けない。
逃げる、助ける、復讐する。
選択肢をいろいろと考えていると、小さな声が聞こえた。
「このまま少し眠る。放っておいて」
彼女はこちらを見もせず、空を見つめたままだった。伝えたというよりは言っただけ。そんな感じだ。そのことがとても悲しい。
「ね、眠る?」
こんなところで。
自分にとって都合のいい言葉だ。これで堂々と家に帰れる。
しかし。
これでいいのか。
そのように言われたのだからようやく帰れる。という安堵もある。だがどんどん冷静になってくる。
片思いしていた彼女にちょっかいをかける同級生の男を恨んで、呪いをかけ、その姿をよりによって片思いしていた彼女に咎められるという最悪な展開だ。そしてその彼女と戦い、挙句彼女は倒れているという結果だ。
いま春だが夜は少々寒い。薄手のワンピース一枚だけにみえる女子を真っ暗な屋上に一人放っておいていいものか。
男として如何なものなのか。もうそんなものなど、すっかり失われているだろうけれど。
いや、自分には関係ない。何もなかったことにして、人生を生きるんだ。でも、ここで介抱もせず、女子一人放置したってことを言い触らされたらどうしよう。
自分勝手な理屈で悩む自分が本当に嫌だ。もういい。
ぎゅっと目をつむり、そう決めようとして踵を返す。
真っ暗な屋上を歩き出す。
自分が一人になりそうなときに彼女は救ってくれた。
――だが僕の名前を憶えていなかったじゃないか。
本当にこれで終わってしまうぞ。
いいのか。
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