第13話 マキシマム

「魔法のことは忘れろ」


 そう言いながらこちらに手を翳してきた。


――ま、魔法を奪うのか?


 彼女が何者で、なぜ魔法を奪おうとするのかはわからない。

 だが彼女の冷淡な表情をみて、頭の中は、せっかく手に入れたものを奪われる。という意識に囚われていた。


 僕は後ずさりしていた。

 嫌だ、奪われたくない。せっかく手に入れた力だ。


「こんなものあっても碌なことにならない」


 黒木さんは真っ直ぐな目で僕を見つめると断言した。断言できるだけのことは知っている。経験していると彼女の瞳がいう。彼女も魔法使いだというのか? だったらなぜ、自分のことを棚に上げて、僕を非難してくるんだ。


 おかしい。おかしい。

 おかしい。僕は彼女の視線から目を反らし、床を見つめながら、


「いやだ!」


 気弱な僕だが、はっきりと声がでた。

 せっかく代償を払って手に入れた力だ。金だって払ってる。それにUSB口が作られたとき、苦しかったんだ。苦労した力を簡単に奪われてたまるか。

 手放してたまるか。この力で人生を変えてやるんだ。今までの人生を変えてやるんだ。


「西村君」


 彼女から再び間違えた名を呼ばれた。何かが、ぷつんと切れた気がした。

 教室で、一人過ごしていた僕を救ってくれた女神。


 勝手に片思いしていた。


 その彼女は自分のことなどまったく目に入っていなかったことを思い知られる。うんざりだ。自分にも彼女にも。

 すべてを終わらせてやる。


「僕は西岡だ!」


 彼女が二の句を続けようとしているのをみながら僕は走り出す。


 少し距離を取りながら魔法の準備をする。元々ここの住人に見られたときなど、ピンチに陥ったときの切り札として考えていたものだ。


 魔導円型魔法は準備をきちんと行っているほど体にかかる負担を減らして、強力な魔法を行使できる。


 つまり、この屋上には特大の魔法円をすでに描いているのだ。

 一部だけ欠けた魔法円を。


 その円をチョークで繋ぐ。発動条件が揃い、屋上全体が光を帯びてきた。全身から力が抜けることがわかる。全魔力をぶち込んでやったのだ。

 彼女は険しい顔をする。


 僕はヤケクソな気分で叫んだ。


――死んだっていい。


「マキシマム」


  ◆


「マキシマム」


 床に事前に魔導円を描かれていた、ということにまったく気が付かなかった。自分に舌打ちする。彼の名前を間違えて呼んでしまったことも、彼の怒りの一因。


――そこまで怒らなくてもいいのに。


 そんなことを思いながら冷静に分析する。

 何の魔法なのか予測は不可能。

 だが今まで数字の魔法が続いてた。


 一なら、一発の魔法弾、二なら二発というように。おそらく呪文でなく、幅を持たせるための引数としているのだろう。とすると、マキシマムというのは最大の威力、最大の数ということだろうか?


 この魔導円の大きさで撃たれるなら、いま魔導円の中にいるのはやばい。

 ここで術師を気絶させるなどすることは可能だが、発動してしまった魔法は止められない。逆にコントロールを失って暴走する可能性もある。魔法の暴走は、呪、の発動につながる。とりあえず避けるしかない。


 私は走ろうとして体がひどく重いことに気づく。


 一歩一歩が重りでも背負っているように労力を要するのだ。息も切れる。


――これが魔法の効果? いやまだ発動前だ。


 わからないが力を振り絞って、足を進めようとするが水の中にでもいる感覚だ。

 もがくが一向に体が前へ進まない。

 焦る。


 なんとか範囲外に逃げなければ。

 光は徐々に強くなっていく。


――間に合わないか。なら――


 魔導円の書かれている床を見やる。そして。

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