第8話 呪い
物音がするたびに俺はびくびくしていた。
自分が呪われたかもしれないと気が付き始めたのは、つい三日ほど前からだ。土曜日の夜中にクラスの悪友の二人と女子二人とで攻めた町はずれの幽霊屋敷。結局大したことはなく、怖がる女子たちを驚かせて面白がっていただけなのだが、その晩から妙な声が聞こえるのだ。
助けて。
最初は気のせいと思った。
しかし何度も何度も聞こえてくるのだ。学校での授業中、寝る前、テレビを見ているとき、勉強をしているとき。
助けて、と。女性の細い声でひどく弱弱しく聞こえてくるのだ。
実害があったわけではない。何かされたわけでもないし、怪我をしたわけでもない。ただただ、時折、助けて。という声が聞こえてくるだけだ。だが姿が見えないのに聞こえてくる声は不気味で本当に恐ろしかった。いつまた聞こえるかと考えるだけで体が震えるのだ。
おかげで睡眠不足に陥り、気もたっていた。
糞。
友人にも聞こえているのか聞いてみた。おどけた表情で揶揄するように。
「なあ、あの後どうだ?呪われたりしたか?」
「なわけねえだろ」
「俺は呪われたぜー!」
「何?どんな呪いだ?」
「彼女に振られた」
「それは、お前のせいだろ」
軽いジョークとして受け流された。表情を見る限り、本当に聞こえていないのだろう。今の俺がもし同じ質問をされたとしたら、あんなふうには笑えないと思う。俺は自分が呪われているなどということは言えなかった。こいつらにそんなことを言ってしまったら、変な奴だとか、面白くない奴だと思われてしまう。最悪仲間から外されてしまうかもしれない。
口が裂けてもそんなこと言えない。俺は誰にも相談できない中、徐々に焦燥していった。
ただ妙なのは、聞こえないこともあるのだ。
例えば電車の中や部活中は、あまり聞いた覚えがない。
「呪いも時間帯があるのか?」
呪いなのだからやはり夜のほうが活発なのかもしれないが。
机で勉強しながら思案する。
これからどうするべきか。どう対処すればいいか。
病院へいく。などと考えてみたが、効果があるように思えない。誰も聞こえていない幻聴が聞こえるなんて、下手したら精神病の疑いをかけられてしまうかもしれない。
他に方法というと、寺か神社で清めてもらう。
気が進まない。信心深いほうではないのだ。だいたい真面目な顔で何を相談すればいいというのだ。 妙なツボでも売りつけられるんじゃないだろうか。
だいたい助けてというのは、具体的に何をしろと言っているのだ。
「ダメだ、集中できねえ」
参考書を広げていたが、つい声がまた聞こえてくるんじゃないかと考えると気が気でない。再びまたあの声が聞こえてしまうのが恐ろしかった。
俺はヘッドフォンで音楽を聴きながら眠った。万が一聞こえてもわからないように音量を大きくしておく。しかし。
助けて。
「畜生が!」
ヘッドフォンを壁に投げつけた。
結局ほとんど寝れぬまま、朝を迎え、いつも通り登校する。顔つきを変える。自信たっぷりで運動も勉強もできて、イケメンの俺の顔へ。
電車に揺られ、一緒になった同級生の女の子たちに軽口を叩き、教室ではいつものメンバーたちと談笑して、チャイムが鳴る。
よし、今日は大丈夫だ。俺があんまりしっかりしてるもんだから、幽霊だってつまらなくなって、逃げてしまったんじゃないのか?それか、あーいう暗い奴のところへいったとか。
一人でうつむいて本を読んでいる西岡の背中を見ながら思った。自然と笑みが零れてくる。
霊でも取りついてそうだな。
だが授業中。声がまた聞こえた。
――助けてくれないんだ。
「!」
慌て過ぎて椅子から転げてしまった。
ぷつぷつと鳥肌が立っているのがわかる。大きな物音がしたからであろう教室中の視線が集まっている。そんなことよりも。
変わった。
助けてから、助けてくれないんだ、に。
その意味に気付き、俺は震えが止まらなくなっていた。化け物は、俺に助けを求めても無駄だということを言っているのだろうか。だったらどうするのか。助けてくれないのならもう俺は不要とばかりに呪い殺すというのか。
「だから何をすればいいんだよ!」
吐き捨てるようにいうがその問いに答えるものは何もなかった。
クラス中が怪訝な顔をしているのがわかった。
俺ははっとと我に返り、青い顔で教師にいう。
「すみません、ちょっと気分が悪いんで保健室へ行きます」
何人かの女子が立ち上がり、保健室へついていくと言ってくれたがそれを丁重に断ると、一人で校舎から出た。新鮮な空気を吸いたかったのだ。
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