第7話 魔法感染 下

 異物が体内に入ったことに恐怖を覚えながら、荒い呼吸を整えUSBメモリに触れる。

 親指くらいの大きさの物体だ。この先が首の中に入り込んでいる。なぜか痛みはあまりなく、血も出ていないが、今のうちに抜こうとしてUSBメモリに触れると、白い手が伸び僕の手を止めた。


「待ちなよ。今インストール中だから」


 と優しく、しかし有無を言わさない強い力でUSBメモリから僕の指を外していく。

 インストールだって?

 当然インストールはパソコンやスマホに対して行う行為だ。人間に対してできるわけない。

 何か言おうとして少年の顔をみて恐怖に身をすくんだ。

 整った顔に浮かぶその表情は、無表情だった。まるで路傍の石を見るような視線。


「現実世界で魔法を使いたいんだろ?」


 少年は囁くようにいうと口元を歪めた。

 なんだって?たしかに自分は魔法に感染したくて注文した。しかしインストールなどという眉唾ものじゃない。きちんとした魔法感染ウイルスを注文したはずだったのだ。なんでこんなことに。

 そうか。思い当たる。


「お、お前、詐欺師なんだな。け、け、警察に!」


 尻もちをつきながらあとずさりする。

 制服が汚れるのにも気にならない。いつの間にか首の違和感さえも気にならなくなっていた。妙な高揚感がある。

 すると少年は笑い出した。


「あははは、そうか。詐欺師か。そう見えるのか」


 彼は手を伸ばし、手のひらを翳す。

 何をするのかと訝しんだが、すぐに答えが現れる。

 そこに白い光の文様が空中に描かれた。まさにゲームやアニメの世界で自分がよく知るものだ。


「ま、魔法…?」


 そんなわけないと思いつつ、目の前の光景に見入ってしまう。

 しかし目の前で描かれる光景は、まさに魔法とでも言うべきものだった。

 光の文様はクルクルと回転しながら消失。代わりに道路に炎が舞い上がった。よく見る炎の色ではない。白い。真っ白な炎だ。


「そう。魔法による純粋な炎だよ、美しいだろう?」


 僕はその純白の炎に魅入られながら、自分の首元に触れた。熱い。どくどくと心臓の鼓動が聞こえる。そして何か力が注ぎ込まれているような感じがした。


「炎だけじゃない」


 純白の炎が形を変え、水のようになると踊りだす。イルカのような形でしばらく踊ると、弾けてそれは風となった。風は小さな竜巻を起こす。


「……終わったようだ」


 少年は笑みを浮かべると、手を伸ばし僕の首元からUSBメモリを抜き取った。

 小さな竜巻は徐々に大きくなり、少年の体すべてを覆っていた。

 あまりの風の強さで目を開けていられないくらいだ。

 少年は演技でもするかのように両手を広げる。


「さあ、わが友よ。世界を変えよう」


 風がますます強くなっていき、それともに少年の声も熱を帯びていった。


「そして、これから君は自分の思うように生きるんだ」


 その言葉とともに風は嘘のように収まり、そして少年の姿はどこにもなかった。

 僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。

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