第6話 魔法感染 上

 放課後。ほんの少しちらりと、彼女のほうを一瞥した後、僕は一目散に学校から出た。

 彼女は村上ではなくて、他の女子たちと談笑していた。

 そのことに安心した。


 学校から駅は歩いて数分。そこから自宅までは電車で三十分くらいの距離だ。だがまっすぐに家には帰らず、電車を乗り継ぎ、近くの電気街へと足を運んだ。東京秋葉原には遠く及ばないらしいが、 高校生の自分にとっては十分すぎるほどの規模だ。

 パソコンのパーツショップ、フィギュアショップ、ゲームショップ、アニメ系のグッズショップ、メイドカフェなどが並ぶ。


 いくつかパソコンのパーツを眺めながら気を落ち着かせる。新作のマザーボード、CPU、SSD、RAM。


 見ているうちに次の自作パソコンのイメージができていく。これは今はまっているゲームプログラミングにも有益だろう。高校生の小遣いではそう簡単に買えるものではない。今は買えないことはないが他に使う当てがある。


「あーそうだ。あの処理の解決策ないかな」


 ついでに近くの本屋に寄って分厚いプログラミングの参考書を立ち読みする。

 中学に入って始めたプログラミングだったが、思い返せば当時は何もかもわからなかった。FORやらIFやら単体では理解出来ても、これを組み合わせてどう処理すればいいかなんか、さっぱりだった。それが今はシステムエンジニアである親戚の叔父も唸らせるほどのプログラミングの腕にまで成長していた。ちょっとしたゲームを作ってアプリ公開もした。


 仮想世界なら自分の好きなようにデザインし、動かすことができた。

 バスケは苦手だが、プログラミングなら得意なのだ。


 コンピュータの中の世界。これが現実ならいいのに。

 誰しもが思う夢だろう。

 仮想世界の中でなら、絶対に村上たちにも勝てる。


――プログラミングコンテストみたいな授業があれば、黒木さんも……。


 などと胸中で呟き、現実的でないくだらない考えにため息をつく。

 すっかり日は落ち、夜になっていた。

 僕は書店を出ると、ぶらぶらと電気街を歩いていた。


 先ほどスマホをチェックすると母親からメッセージが来ていた。今どこにいるのかという内容だった。 適当に返事しながら、本当に待っているメッセージをさらに待つ。


 夜はさらに深まり、なかなか普段外にはいない時間となり、電気街の店のシャッターが閉まりだした頃、スマホが震えた。僕の心臓もどきりと鳴動する。


 そこには一通の差出人不明のメッセージ。


 電気街のとある場所を指定されていた。僕はその場所へと足を向けた。

 暗い人気のない路地を歩く。


 うわ、暗いな。


 ちょっと怖いなと思いながら歩く。時間帯も遅く、またメイン通りから離れているため、店の明かりも遠く、薄暗い。遠くには駅の明かりが見えるが自分には届かない存在に見えてしまう。そのせいで今自分は先程までとは別の世界へ踏み込んでしまったように感じた。


 向かいから誰か一人が歩いているのが見えた。金髪の男だ。村上たちのような派手な感じのする学生に見える。


 なるべく目を合わせないようにうつむき加減で歩く。逆に逃げたり、走ったりしたら危険だ。あいつらは何かと理由をつけて絡んでくるんだ。

 すると。


「ねえ、面白いものがあるんだけど」


 すれ違いざま、そんなことを突然言われた。

 やばい。

 背筋の毛が総立ちになる。まさか気を付けている自分が標的になるなんて。


「すみません」


 とりあえず謝って通り過ぎようとする。こういうのは無視するのに限る。すぐに諦めるだろう。


「待ちなって。君プログラミングに興味あるんでしょ」

――プログラミング?


 その言葉に思わず、その人物の顔を見る。はっと息をのんだ。

 自分と同じくらいの年恰好の少年だった。ただし、まるで作り物のように整った顔立ちをしている。つるっとした肌、完璧な瞳、鼻、口。金色の髪の毛も綺麗に染め上げられており、ムラがない。


 まるでゲームキャラクターみたいだ。そんなことを一瞬思う。


 彼はじっとこちらの目を見つめてきている。カラーコンタクトでも入れているのか宝石のような瞳をしている。

 いやもしかすると外国人なのか。それにしては完璧すぎる日本語の発音。

 僕はその視線から目を反らし、少しおどおどしながら周りを見た。自分以外に誰もいない。


「君に言ってるんだよ」


 くすりと笑いながら彼は何かを差し出してきた。

 手のひらに乗っているのはUSBメモリだ。


「じゃ、じゃあ……」

「そうお買い上げありがとうございます」


 彼はおどけたようにいう。


「で、でも連絡のあった場所とは違います、けど」


 とポケットをまさぐって、スマホを取り出してメールを見せようとする。

 彼はそれに目も向けず笑って、


「セキュリティってやつだよ。それに、この辺りじゃあ、この時間になると歩いてる奴はあまりいない。そして今の話が通じた時点でOKだろ」

「た、たしかに」

「じゃあお金」


 そう言われて鞄から封筒を取り出す。自分にとっては結構な金額だ。バイトはしていない僕はパソコンが欲しいといって祖父母からもらった小遣い、参考書を買うといって母からもらったお金、それらを合算して貯めた渾身の金だ。その金を震えながら目の前の男に差し出す。


 彼は気軽に封筒を受け取ると数えだす。


「千円札ね」

「す、すいません」

「ま、最近は学生も多いから慣れてるけどね……」


 そういいながら封筒を懐に仕舞う。そしてUSBメモリを僕の眼前に突き付けた。


「それ、が…?」

「そう、感染源。君は魔法使いになりたいんだろ?」


 頷く。そう、僕が注文したのは巷で噂されている魔法感染だった。


 曰く、感染すれば魔法が使えるようになる。

 曰く、魔法が使えれば人生を変えられる。


 僕はそれを受取ろうと手を伸ばし、次の瞬間。彼の手が動いた。


「え?」


 がつんと、何かがぶつかったような衝撃が首に受けたのがわかった。

 そして次の瞬間には、突き刺すような痛みが走り、反射的に場所を触る。

 堅い感触。


「うわああああっ」


 僕は道端に尻もちをついてしまった。信じられないことになっている。

 自分の首にさきほどのUSBメモリが刺さっているのだ。


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