第一章 ようこそ。魔法開発プログラミング統合環境グリモワールへ。
第1話 魔法統合環境グリモワール 上
僕、西岡タクヤが自宅に到着したとき、立っているのも限界だった。意識が朦朧として起きていられない。
「タクヤ! どうしたの、こんな遅くまで。聞こえてるの!?」
心配する母親の声を背に自分の部屋に入ると、そのままベッドへと倒れこんだ。
首に痛みが走り、目が覚めたのは真夜中だった。
「いてて」
反射的に自分の首を触る。
違和感。
なぜか異物がある。自分の体に。夜中にかかわらず、駆け降りるように一階へいくと洗面台の鏡を覗き込んだ。
青ざめた自分の顔。そして視線を下ろしていく。首元へ。
何かがついている。金属だ。
鏡に近づき、その金属を凝視する。パソコンオタクの僕には見慣れたものがそこにはあった。
USBの差し込み口がついていたのだ。
「じょ、冗談でしょ」
触って確かめるが、パソコンによくあるUSBの差込口がそのまま、自分の首についている。肌に唐突に。
もちろん金属製だ。しっかり端子もあるし、色はブルー。
つまり、USB3.0。
そんなことはどうでもいい。問題はなぜ人体にUSB端子がついてるのかということだ。
剥がそうと触ってみるが、完全に皮膚に癒着しており外せそうにない。しかも不思議なことに全く血が出ていないようだった。悪魔の所業ともいうべきか。
思い当たるのは当然、先ほどの少年とのやり取りしかない。
「あいつ、悪魔だったのか……」
人間離れした容姿と先ほどの華麗な魔法を思い出し、納得する。
USB端子はパソコンの場合、中にあるマザーボードと呼ばれる基盤につながっている。その基盤には、CPUという頭脳が搭載されており、そのCPUが回路を通して、USBメモリ内にあるデータを読み書きしているわけだ。
人間にUSB端子を作ったからといって、一体どこにつながっているというのか。
神経とUSBをつないでも意味がないのだ。
夜中にガサガサとしている息子に気が付いたのか、母親が眠気まなこで「どうしたの」と聞いてくるが、とっさに首を手で隠しながら「なんでもない」というと自分の部屋に戻った。
余計な心配をかけたくないし、こんなもの見せたらすぐに病院だろう。そうすれば手術になるだろうし、第一、警察沙汰かもしれない。大ごとだ。
とりあえず体の調子は悪くない。熱も出ていない。ちょっと疲れているが、妙な興奮を感じており、眠気は完全に吹き飛んでしまっているくらいだ。
明かりをつけ、まずパソコンの電源を入れた。
パソコンが起動するまでの間、ぼんやりと先ほどの出来事を反芻する。
プログラミングの本を見た後、謎のゲーム的美少年に出会い、そして。
「魔法」
魔法感染を購入し、USBを突き刺されたということ、そして実際にあの幻想的な白い炎をこの目で見たということ。
あの時、まるで魔法のような白く光る数々のショーに魅せられた。魔法陣のような光のショーだ。 何かトリックがあるようにもおもったが、あれが魔法を使った結果ということなのだろうか?
ならすごいことだ。
夢でも見たのかと思えるほどだが、自分の首元のUSBがあの出来事が現実であったことを教えてくれる。しかし、それだけだ。
自分の両手を広げてみるが何も変わった気がしない。まして魔法の力などまったくもって感じない。
ネットで検索してみる。自分と同じような境遇の人間がいるかもしれない。
魔法。少年。現実の魔法。
魔法感染の話はだいぶ広がっており、色々情報はかかる。そもそも自分もネットで見つけたのだ。だが玉石混交であり、話が嘘っぽいのは事実だった。感染経路もUSBで刺されたなどという話はない。血液感染という話が最も多く、薬物中毒者が魔法を使えたという話もある。だが、中毒者の意見などなんの参考になるのか。また魔法の使い方、というワードでは全然情報がない。
「いや」
かぶりを振った。
そもそも僕はどこで魔法感染のことを知って注文したんだっけ。
ブラウザの履歴から探してみるが、該当のウェブサイトはアクセスできなくなっていた。ダークウェブってやつかな。これ。
しばらくキーワードも変えながらネットを検索してみたが、ゲームや漫画、アニメなどの記事がヒットするだけでそれらしい情報はどこにもない。
本当に魔法が使えるとしてどうやったら使えるんだ?
考えろ。考えろ。
彼は終わったといっていた。つまりインストールが終わったということなんだろう。では何を僕の体にインストールしたというのか。
もちろん、決まっている。魔法だ。
スマホのアプリのように起動すれば使えるということなのか。どうやれば。
「はっ!」
自分の気を高め、手のひらに集中してみたが少年のような魔法の文様は浮かばない。そもそも気が高まったのかよくわからない。僕は別に空手の達人というわけではなく、普通の高校生なのだから。
次に思い浮かんだのは、
「まあ、ばかばかしいんだけど」
自嘲しながら某有名ゲームの呪文を次々と唱えていく。
「ファイア!メラ!アギ!ハリト!」
しかし何も起こらない。
一体何が悪いんだ?さっぱりわからない。
僕をからかっただけというのか。しかし、からかうだけで、USBを埋め込んでくるだろうか。これは十分傷害罪だろう。考え込んでいるうちに徐々に眠気が襲ってきた。
時間を見ると午前三時半だ。眠いはずだ。
いったんパソコンの電源を落とし、ベッドに寝転がりながらスマートフォンを手に取った。
「そろそろ寝るかな…」
思い浮かぶのは、このままだと教室で相変わらず、黒木さんとあの男が楽し気に話すのを我慢して聞くしかないということだ。
「明日休みたいな。……あーあ、魔法があれば変えられるのに。例えばあいつの頭に火をつけて、髪の毛をちりちりにしてやったり。いっつも無駄にワックスつけてやがるからな」
ぶつぶつと呟きながら、いつも寝る前にプレイしているゲームを起動する。
毎日ログインしないとアイテムがもらえないのに、すっかり日が変わってしまっていた。舌打ちしつつ、少しの時間プレイしてスマートフォンの画面にバッテリーが少なくなっていることを示すアラームが表示された。いつも通り充電ケーブルを探し、スマートフォンに差し込み、
はたと気づく。
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