ようこそ。魔法開発プログラミング統合環境グリモワールへ。但し魔法には悪魔的副作用があり、害悪があるため美少女魔導官が取り締まります

ゆうらいと

序章

プロローグ

「逃げな、さ」


 大柄な警備員は、倒れる間際に俺に言った。

 小学校から帰り、扉を開けた瞬間の出来事だった。


 彼はいつもマンションの入り口にいて、すっかり顔なじみの警備員だった。それが今は見たこともないような苦悶の表情で口を動かし、そして。

 フローリングの廊下に、大きな音を立てて倒れた。


 その背中には大きなピンク色のきれいな穴が開いていた。そこからドロドロとした粘着質の真っ赤な血液が流れている。


 一体何が起きているのかさっぱりわからない。


 絶命している。

 オレは腰を抜かし、がちがちと歯の音を立てながら、床を這うようにして逃げる。

 居間には両親がいるはずだ。


 高いセキュリティを誇る富裕層向けのタワーマンションの最上階。何重もの防犯システム、屈強なプロフェッショナル警備員。絶対安全なマンションのはずだった。

 けたたましく警備会社の警報が鳴り響いている。しかし意味がない。

 機能はしている。


 廊下の奥にはほかにも制服をまとった警備員が倒れているのだ。皆同じように体から血を流しており、ぴくりともうごかない。


 血で滑るのと、倒れた人間がいるのとでまともに歩けない。

 だが歩くしかない。リビングには親がいるはずだ。何とかしてくれる。


「か、かあさん!」


 オレはぱくぱくと金魚のように喘ぎながら、母親を呼んだ。

 リビングに入ると、母親がいた。一瞬安心したがすぐに異常に気付く。


 母親の体はなぜか空中に浮遊している。美しかった長い髪はぐちゃぐちゃに乱れ、白かった顔はどす黒く変色し、血管が浮き出ている。こちらに気づくと、必死の形相で悲鳴を上げた。


「レイ、にげなさ……!」


 母は何かに顔を掴まれて空中で手足をばたつかせている。

視線をずらしていくと、そこには異形な大男が母を掴んでいた。全身土気色の肌は剛毛に覆われている。まるで鬼だ。


 子供ながらにオレはただ泣き叫んだ。

 一人になりたくないという思い。


ごきり。


 物凄い音がして、母親の首が九十度曲がった。口から涎、下半身から糞尿が垂れる。長い舌がベロンとだらしなく飛び出した。


 しばらく宙に浮いていたが、どさりと床に落とされた。美しかった母が見るに堪えられぬ顔でこちらを見ている。いや、顔を向けているだけだ。その瞳は飛び出して床に流れているのだから。


 あまりの衝撃で動けない。


ひたひた。


 鬼が、母親がいたほうから歩いてくるのがわかった。

 オレは、声にならない悲鳴をあげながら、必死で逃げようとした。


ぐにゃり。


 何か柔らかないものを踏んだ。見やると、

 顔面がほぼなくなった父親だった。頭があり得ないほど大きく開いている。脳が飛び出しており、一目で死んでいることが認識できた。


 頭の中が熱い。あまりに感情が高ぶり、命の危険が迫っているからだろう。これは怒りなのか、恐怖なのか。理解できない。


逃げないといけない。


 と考えると同時に妹の姿を探した。まだ小さいから家にいるはずだ。

 オレは手足をクロールするように床を這い、探そうとする。

 しかしおびただしい血液で満たされた床はぬるぬると滑ってうまく動けない。


 途中で割れたガラスの破片に触れてしまい、鋭い痛みが走ったのがわかったが、そんなことを構っている暇はない。


ひたひた。


 何かが歩いてきているのがわかる。

 妹を見つけた。外傷は見当たらないが意識がなく、ぐったりとしている。彼女を抱きかかえると走り出そうとして、鬼と目が合った。巨大な顔に黒い穴がぽっかりと開けた目。


「くるなあっ!」


 オレは精一杯の力で怒鳴ると走り出す。妹を抱えて。うまく鬼がいない方向へ走り抜けた。

 しかし、直後、首に強烈な圧迫感を感じた。

 首を掴まれている。

 先ほどの母親の光景が目に浮かぶ。

 オレは恐怖と、首への圧迫で意識が遠くなっていった。

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