第3話 黒木一花

 レイは、静まり返った病院の廊下を歩く。


 毎日のように通っているため、すっかり顔見知りとなった警察官に会釈すると、隔離エリア内に足を踏み入れた。うめき声や叫び声、およそ人間とは思えない獣のような咆哮も聞こえてくる。


 その中の一室へ繋がる扉の前で立ち止まる。

 扉の横にあるプレートには、Kuroki Ikkaと書かれている。


 それを眺めながら、瞳の光彩と指紋、顔自体の生体認証を実施、扉が重々しく開く。特殊な能力を持つ彼らを閉じ込めておくための扉だからだ。


 白を基調とした部屋の中には簡素なベッドとキャビネット、花瓶などがおいてあった。長い時間、人いるはずなのだが、生活感というものをまるで感じない。それは部屋の主が何もしていないことを示していた。今もベッドの上で布団を被っている。


「一花」


 レイはそのベッドの膨らみに向かって声をかけた。

 反応はない。あまり期待もしていないので特に思うことはない。ただ見舞いに来たということを伝えたかっただけだ。ベッドの脇においてあるスツールに腰かけると、いつものように昨日あったことを話す。通い始めた高校のこと、最近流行っている音楽やテレビのこと、友人のこと。


「お兄ちゃん」

「一花」


 布団の中にいる妹の声がして、思わず笑みが零れる。

 しかし返ってきたのは激しい憎悪。

 低い声が布団の中から響く。声は怒りに満ちている。


「こないで」


 その声を聞き、悲しい顔をする。


「……でも」

「前にもいったよね、二度とこないでって。鬱陶しいのっ、私はずっとこの中にしかいられないのに、そんな話聞いたって意味がない!私は一生ここで生きるしかできない!」


 わずかに布団の隙間が空き、妹は激高する。その隙間の中からおよそ似つかわしくない巨大な目玉を覗かせた。本能的に戦慄を憶えるが、押し殺す。妹の姿を恐れてはならない。


「そんなことはない。前にもいったけど、オレはお前を必ず元に戻す。だから――」

「根拠のないことなんか言わないで!」


 レイは強烈な得体の知れない圧力のようなものを感じた。苦痛で顔を歪める。皮を剥ぎ、全身の骨を直接殴られるような痛みだ。

 その発信源はもちろん、目の前の妹だ。本気で自分を憎んでいるのだ。


「一花……やめろ」


 潰れそうな喉を何とか鳴らす。花瓶が粉々に割れ、中に入っていた水が流れ出す。花が凍った花だったのかのように砕ける。ぎしぎしと骨が折られるかというほどの圧力を感じる。皮膚が弾け、血が滲み出す。レイは本気で叱った。


「やめろ!」


 ふっとその圧力が嘘のように消え失せ、レイは床に膝をついた。


「私は、私は……お兄ちゃんのきれいな顔をみると死にたくなるの」


 その言葉を聞き、レイは少しふらつきながら立ち上がると静かに言った。


「わかった……今日は帰るよ」


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