第4話 西岡タクヤ

 体育館特有のワックスの匂い。キュッキュッというシューズが床を擦る音が聞こえる。

 こんなものが気になるということは、試合に全く集中していないということなんだけど。


 体育の授業。

 今日はバスケの授業と題する体育教師のさぼりだ。

 適当に生徒たちに任せて、自分は体育館からさっさと出て行ってしまった。スマホを片手にタバコでも吸っているのだろう。最近はまってるソーシャルゲームがあるらしいし。


 バスケ部の男子メンバーを中心に手際よく、チーム分けをしているようだ。まずはバスケ部、次にサッカー部や野球部のような運動神経が良いメンバーが輪を作っている。ここで主力となるメンバーの取り合いをするのだ。


 それから後は残り物をバランス良くチームに分配していく。

 僕のような運動神経が悪い人間は、その様子を自分たちには関係ないという顔で遠巻きに見ている。文化系の部活をしているメンバーや、帰宅部メンバーというところだ。


 僕はこの残り物メンバーだ。

 この残り物メンバーも、まだマシな者から徐々に選ばれて、少なくなっていく。僕はというと最後まで残ってしまった。毎回のことなのだが、そもそも僕はバスケに参加したいわけではないのだ。見学してたっていいのだ。


「西岡ほしい人いる?」


 クラスの中心でバスケ部エースの村上の発言に、みながどっと笑った。

 村上翔。顔が良く背も高く、運動もでき、結構勉強もできたはずだ。それだけのことなのに女子の人気は非常に高く、クラスはもちろん、校内でもトップの立ち位置にいる男だった。


 今の発言は、僕が毎回余るからだ。わざとじゃないかと思う。もうこれは、話の落ちなのだ。


――なんだよ、ほしいって。


 何様のつもりだと食って掛かりたかったが、その勇気もないし、だいたい戦力になれる自信もない。 子供の頃からスポーツはからきしだめなのだ。見えないように握りしめた拳を弱弱しく開いた。


 どのチームが僕を受け入れるか、話し合った後、僕は村上のチームに組み込まれることになった。


「しゃあない、俺が二人分やればいいっしょ」


 その言葉にいつの間にか集まっていた女子たちが黄色い歓声を上げた。自分たちもバスケをやっていたはずだがやめて、男子バスケを見学することにしたらしい。


 気に入らない。


 集まった女子生徒の中に、ひそかに思いを寄せる黒木レイの姿を見つけて、ますます自分が嫌になった。長い髪の活発そうな雰囲気の少女だ。かなり整った顔立ちで頭も良い優等生タイプ、クラスでも目立つポジションだが、誰にも壁をつくらず、僕のような根暗なタイプにも普通に声をかけてくれる子だ。そういうこともあり学校中で人気が高い。


 彼女を見るといつも思い出す。


  ◆


 その日、僕はいつものようにクラスの中で浮いていた。

 日頃の授業、休憩時間、昼休みなんかは慣れてしまって、既に苦痛ではなくなっている。


 ルーチンなのだ。思い思いのグループに分かれて友人たちと過ごしているだけで、自分は一人グループになっているだけ。しかし、もっと仲良くなるためと題して、リクリエーションをやるとクラス担任が言い出しだのだ。


 当然僕は最悪の展開だと思った。

 何をやるんだか知らないが、大抵仲の良いもの同士でグループをつくって、どこかへ出かけたり、くだらないゲームをしたりなど、何か行動をするんだろう。そうしたときに一人余ってしまうという事態を直面してしまう。そうしてどこかのグループが嫌々受け入れて、僕はその中で馴染めず結局浮いてしまうんだ。中学の時に散々感じたことだ。


 どうやら近くの神社にいくらしい。


 その発表になんだよという反応をするクラスメイトたち。しかし楽しそうに仲の良いもの同士声を掛け合ってるあたり、まんざらでもなさそうだ。


――遠足って、小学生かよ。


 胸中で毒づくが、もちろん現実には何も及ぼさない。

 教師は簡単に日程やら段取りを説明し、そして残酷なグループ分けを指示した。みんな笑い声をあげながら楽しそうにやっているが、当然僕は席から立たない。立っても意味がない。


 誰からも必要とされていないような気持ちだ。自分から声をかければいいのだが、いまさらだ。一度ついてしまったキャラクターを壊すのは怖い。自分は一人でも気にならない一匹オオカミキャラなのだから。ここで声をかけるようなことをすれば、やっぱり一人は嫌だったのかよと笑われてしまう。耐えろ、耐えるしかないのだ。

 そのとき。


「ね、西岡君」


 その言葉にはっと顔を上げたとき、目の前には女神でもいるのかとおもった。

 強調でなく。細い体に、しなやかで細い茶髪は、腰近くまでありそうだ。一点の曇りもないきめ細やかな白い肌はつるりとして、陶磁器のよう。美しい白い顔をした彼女、黒木レイが僕の目の前で微笑んでいた。


「西岡君。うちにおいでよ」


 基本的に家族以外と話さない僕は、突然話しかけられて完全にフリーズしてしまっていた。なんといえばいいかわからず、必死で脳を回転させていると、彼女は強そうな茶色い瞳を切り上げながら、少し怒ったようにいう。


「聞いてる?」


 慌てて口を開ける。何も計算結果は出ていないのだが。


「ぼ、僕は」


 正直、彼女に見とれていた僕は言葉に詰まる。


「レイ、西岡なんて誘うの?」


 彼女の近くにいた女子が少々嫌そうにいったのを聞いて、ますます及び腰になる。


「い、いいよ。僕は」


 そういうが、彼女はびしっと僕の言葉を遮る。


「だめだよ、先生もいってたでしょ、もっとみんなで仲良くならなきゃ」


 彼女はそうおどけたようにいうと、友人たちを説得して、僕をグループにいれたのだった。

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