―1―
今日はクリスマス・イブ。時計は七時を指している。
針が一つ進んだと同時に、お客さんが店の扉を開けた。
「あっ、長谷川さん!」
いらっしゃいませ。普段と変わらぬ機械的な発声をしようとしたが、彼を見るなりそれは中断してしまった。
長谷川さん。私がそう呼んだ彼は、時々来店してくれるお客さんだ。私より少し年上で、少しイケメンっぽく、スーツ姿の似合うサラリーマン、っぽい人。どんな仕事をしてるのかは、よくわからない。少し何を考えているのかわからないけど、知識は私よりも多く持っている。
つまり、全体的によくわからない人、である。
「お久しぶりです、井口さん」
「ほんとですよ!何ヶ月ぶりですか!」
「いやぁ、申し訳ない。ここ数ヶ月は忙しくて」
―――なんて雑談を交わせる程には、仲が良かったりする。
しかし、去年の冬は毎週のように来ていたのに、今年は何かあったのだろうか。
「仕事ですか?」
私はそう問う。
「まぁそんなところです」
はぐらかす長谷川さん。私は、そうですか、と返す。
妙な詮索はやめよう。誰しも聞かれたくないことはあるものだ。
「今日は何にしましょう?」
私は注意深く観察する。長谷川さんは、わかるでしょう?、という顔をしてくるからだ。
「今日はイチゴが食べたい気分ですね」
今日はイチゴが食べたい気分ですね。彼はそう言った。イチゴ。苺・・・。
苺もそうだけど、葡萄やラズベリーといった果物にも花言葉というのはある。しかし、長谷川さんがそこまで考えているとは思えない。
苺を使ったケーキは沢山あるものの、どれを指定するような発言はしていない。
今までの傾向からするに、よく食べていた苺が入ったロールケーキな気がする。
「いつものコレですか?」
確認を取るように、取り出して見せる。
「いいえ。隣のイチゴの乗ったショートケーキです。少し悪ふざけが過ぎましたかね?」
長谷川さんは最近になって、こういう意地悪をしてくる。私を試しているのだろうか。感覚を掴んできたのか、最近は難題ばかりである。
悔しがる私を見て、長谷川さんは笑うのだ。
「今年も一人で、ですか?」
仕返しとばかりに、少し嫌な笑みを浮かべながら、長谷川さんに問う。
その問いに対しては、流石の長谷川さんも苦笑いだった。
「私も一緒に食べましょうか?」
なんて、冗談混じりに。これには言い返す言葉もないだろう。
「喜んで。・・・と言いたいところですが、仕事はまだあるのでしょう?」
このように、痛いところを突いてくる。勤務時間的には不可能なのだ。頭の回転力では負けてしまう。
この人には敵わないなぁ。
「それでは、私はこれで」
会計を済ませ、長谷川さんは店を去る。
過ぎ去る時間は、とても短く感じてしまう。それは、甘い夢のようにさえ思えてしまう・・・。
一人なのは私も同じか、と。一人の店内で、ぽつりと想いを零すのだった。
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