幕間1話 壁ドン、パイドン、チンドン
◇前回がいい感じに終わったので、今回は待機組のサブエピソードです!◇
それはとある日の朝だった。
ソファで朝の運動を見ていると、おもむろに彼が口火を切った。
「なぁ、クラリア。壁ドンってなんだ?」
「……はぁ?」
宮永は頭がおかしくなったのか、いきなりそんなことを尋ねてきた。
もしかしたら童貞チェックの時に強く金玉を握りすぎたせいで、金玉ショックを起こしているのかもしれない。
「そんなに凄むな……俺は簡単に泣くぞ」
「そんな脅しは初めて聞いたわね……」
「そうか。それで、壁ドンってなにか教えてくれないか?」
「……私からも質問なのだけどいいかしら?」
「質問に質問を返すなと」
「いいかしら?」
「はい」
大人しく折れる宮永。
最初からそうしていればいいのに、どうして抵抗しようと思うのか。
そんなところが可愛げがない。
もっとフローラのように小動物の雰囲気を醸し出し……いや、そっちの方がキモいか。
「宮永はどうしてもっと可愛く生まれなかったの?」
「本当にそれがしたかった質問なのか? しまいには本気で泣くぞ」
「ごめんなさい。間違えたわ。……どうして『壁ドン』について知りたいのかしら」
はっきり言って、彼がわざわざ『壁ドンがなにか』なんて質問をする人種とは思えない。
今までの会話から察するに彼は恋愛においても童貞のはずだ。
「いや、普通に知らないから教えてほしいんだが……」
困った風に頭をガシガシとかく宮永。
……え? まさか本当に?
「……宮永って優秀だと認められて、ここにやってきたのに『壁ドン』も知らないのね」
「逆にそんな勝ち誇った表情をしているクラリアは知っているのか?」
「なんであなた私に質問してきたのよ……」
「確かに……で、知っているのか?」
「そうね、結論から言えば知っているわ」
『壁ドン』なんて私にだってわかることだ。
人づてに聞いた話や漫画なんかで、どんなものかはわかる。
一時はブームになり、テレビでも取り上げられていた。
その派生で『チンドン』『パイドン』も流行ったのよね。
一時期は恋愛アニメがそればっかりになってうんざりした記憶がある。
「実はフローラに借りた『摩擦の性刃』のノベル版に出てきたんだが、あいにくシチュエーションが想像できなくてな」
「ノベル版って小説でしょう? だったら、どんなことをしたか書かれているでしょう」
「いや、『オレは彼女に壁ドンした』としか描写されていなかった」
「それはそれですごいわね、その本……」
私はコミック版しか手を出していない。
ちなみに、
コミックは平均4.545なのにひどい差である。
「……いいわ。仕方ないから教えてあげる。口頭で説明するのも面倒だから実演で構わないかしら?」
「壁ドンを教えてくれるなら、それでいい」
「じゃあ、こっち来て――」
と言って立ち上がったところで足のバランスを崩す。
見れば床に淫乱王ドスケベモンスターズのキラカードが落ちていて、それのせいで足を滑らせた形だ。
このままだと床に頭をぶつけてしまうだろう。
だけど、そうはならなかった。
「クラリア! 危ない!」
彼の腕が伸びてきて私の頭を抱える。だけど、飛び込んだ勢いは止められなくて、そのまま壁をドンと力強く突いた。
彼が知りたがっていた壁ドンはあっけなく完成する。
……かなり顔が近い。互いの呼吸音が聞こえるような、そんな距離。
「大丈夫だったか、クラリア!?」
「……なさい」
「……えっ?」
「離れなさい……!」
「嫌だね」
「えっ?」
彼は離れるどころか、どんどんと顔を近づけてくる。
たくましい胸板が私を逃がすまいと包囲していた。
こ、これが『パイドン』……!
「ちょ、ちょっと宮永? どうしたの、いったい?」
「前から思っていたことがあるんだ」
反対側にもドンと腕が突き刺さり、私の退路は完全に断たれる。
「いま謝るなら許してあげるわ。だから、私をここから出して」
「クラリアを誰にも渡したくない」
「は、はぁ……!?」
「そうやって怒る姿も、フローラにデレてだらしない顔をするのも、全部のクラリアが好きなんだ」
待って、待って、意味が分からない。
どうして私は彼に告白されているの!?
「死ぬまで、クラリアには俺の隣にいてほしい」
そして、とどめとばかりに私の股下を【
『壁ドン』『パイドン』『チンドン』。
全てを駆使されて告白されてしまった。
アニメを見ていた時はヒロインの気持ちがわからなかったけど。
「……あっ、やっ……バカ……」
今の私は確かにときめいていた。
宮永は私が欲しいと言ってくれた。
あまりにも愚直な欲求は私の心を見事に射抜いていく。
ずっと、ずっと、欲しかった言葉。
誰かに私は欲してもらいたかったのだ。
何よりもさっきから私を見つめる瞳は真剣そのもので……。
「……す」
「す?」
「す、好きにしなさい……」
最後まで素直になれない私は彼にすべてをゆだねて目をつむる。
どこまでも面倒くさい私だけど許してほしい。
この行動が何を意味するのか、いくら恋愛童貞の宮永でもわかるはず。
「……クラリア」
耳元で名前をささやかれた。
それだけで私の心臓の鼓動は速くなっていき、彼にまで聞こえる音量に達する。
そして、彼の唇が私へと近づいてきて――。
………………
…………
……
「きゃぁぁぁぁぁっ!?」
思わず叫び声を上げて、体を起こす。
あ、あれ……? 宮永は……?
『壁ドン』は……?
私はキスをされたんじゃ……。
そこで自分の格好を見て、すべてに気付いた。
制服なんて着ておらず、お気に入りのパジャマ。
窓を開ければ外は夜。
そもそも今日は日曜日で、宮永はパコリーヌと一緒に現代社会旅行に行っているはず。
枕元には寝る前まで読んでいた恋愛漫画。
……ということは、だ。
冷静に、客観的に、総合的に考えるなら、私は――。
「ぅぅぅぅぅぅぅぅうっ!!」
枕に顔をうずめて、声にならない声をあげる。
なんで、なんで私はあんな男とキスする夢なんかを……!
顔が熱い。こんなの誰にも言えない。
あ、あんな……初心な乙女が恋する相手との逢瀬を楽しむかのような夢なんて……!
「ま、『摩擦の性刃』を見ましょう! そうよ!
この後すぐに寝てしまったら、また宮永が夢に出てくるんじゃないかと思った私は一日中起きることにした。
寝不足で月曜日の学校に遅刻した。
◇次回から本編に戻ります!◇
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