第32話 ……です


「ごめんね、みやっち! まさかそんなことになっているとは気づかなくて……!」


「いや、いいんだ。ちゃんと俺も説明すればよかった」


 ウォータースライダーを楽しんだあと、俺たちはプールサイドの端の方で謝罪合戦を開いていた。


 俺が周囲の視線から影になる場所に彼女を下ろしたあと、パコリーヌが自分がどんな状態になっているのかに気づいた。


 彼女はドスケベが好きなのを除けば、とてもいい子だ。


 誤解とはいえ自分がやってしまったことを許せないのだろう。


 俺もデリカシーに欠ける行いをしていた自覚があったし、両者ともにひたすら謝り続けているわけである。


「本当にごめんなさいたっ!?」


「こちらこそすまなかったいっ!?」


 そして、たったいま頭をぶつけた。


 ヒリヒリする前頭部をさすりながら、互いに相手を見やる。


 あまりにも滑稽な姿におもわず笑いがこみあげてきて、破顔した。


 ひとしきり笑いあった俺たちは喧嘩両成敗ということでこの話に決着をつける。


「はぁ……いっぱい笑ったらおなかすいたかも」


「確かに。列に結構並んでたからいい時間かもな」


「それに屋台は混むだろうし、早めに買っちゃお?」


「そうするか」


 室内プールにはいくつかの屋台が並んでいる。


 焼きそば、たこ焼き、フランクフルトに焼き鳥。ラーメンにチャーハン。


 周囲にはいい香りが漂っており、食欲を刺激する。


「日本の料理はどれも美味しいんだよね~。どれにしようか迷っちゃうな」


「そういえばパコリーヌたちは好き嫌いとかあんまりなさそうだよな」


「当たり前だよ! なんだって美味しいんだもん。異世界あっち天獄学園がっこうを通じて交流を始めてから食のレベルが一気に跳ね上がったんだから」


「なるほどなぁ」


 異世界交流にはそういった側面もあるのか。


 確かにドスケベだけで終わらせるにはもったいない関係だとは思っていたが、ちゃっかりやることはやっているらしい。


「う~ん、悩んだけど……今日は焼きそばにする!」


「俺はたこ焼きにしよう」


 販売しているのは同じ列だったので、一緒に並ぶ。


 前には十組ほど並んでおり、昼食にありつけるのはもう少し時間がかかりそうだ。


「ねぇ、みやっち」


「なんだ?」


「暇だし、なにか面白い話して?」


「関西で関西人にそんな雑なフリしたら怒られるから気を付けるんだぞ」


 しかし、面白い話か……。


 灰色の学生生活を送ってきた俺に面白い話を期待するのが間違っていると思うが……できる限りは応えてみよう。


「そうだな……これは中学校時代の担任の話なんだが」


「えー、もう出だしから面白くなーい」


「ひどくない?」


 初めから揶揄うつもりしかなかったパコリーヌはケラケラと笑う。


 そんな風に彼女とくだらない時間つぶしをしていると、いきなり前に並んでいた見知らぬ金髪の男二人が声をかけてきた。


「ならさ、お姉ちゃん。そんなつまらない男は放っておいて」


「よかったら、オレたちと一緒に遊ばない?」


 初めて見たが、これがナンパか。


 予測はしていたが、やはりこの手の輩は現れる。


 俺はスッと半身だけパコリーヌの前に出して、彼女を手でかばう。


「悪いが、俺の彼女にそういう行為は慎んでもらおうか」


 こういった時はカップルのフリをするのが効率がいいと晴夏の愛読する少女漫画で読んだ記憶がある。


「そうそう。あーし、彼氏がいるから」


 パコリーヌも拒否した。これで話は終わりだ。


 普通なら、だが。


「そんな堅物そうな男よりさ、絶対にオレたちと居た方が楽しいって」


「そーそー。女の子が楽しめる方法だっていっぱい知ってるし~」


「こんな童貞くさい男よりも全然いいって」


「ギャハハハ! リョーくん、そんなストレートに言ったら可哀想だって」


 どうも彼らの中では俺は舐められているらしい。


 なんとも下品な物言い、下品な笑い方、下品な目つきをする奴らだ。


 GゴミGゴミGゴミでビンゴを上げてもいいレベル。


「……みやっち。違うところ行こ? 別にプールじゃなくてもご飯食べられるし」


 それが賢明だろう。


 俺は頷き返すと、愉快に笑っている男たちのそばから離れる。


「あっ、おい! ちょっと待てよ!」


「なに勝手にどっか行こうとしてんだ、てめぇ!」


 リョーくんと呼ばれた男がパコリーヌへと手を伸ばす。


 その瞬間、俺は奴の手首をつかんで、ひねり上げていた。


「その汚い手で俺の大切な(友だちである)パコリーヌに触れるな……!」


「ふぇっ」


「うぐぁっ!?」


 痛みに悶えて、その場に膝をつくリョーくん。


「お前……! リョーくんを離さんかい、こらぁ!!」


 もう片方の金髪が腹へと蹴りを放つ。


 俺はあえてそれを受けてやることにした。


 もちろんただではもらってやらない。


 強化した状態で、だがな。


「いっでぇっ!? どうなってんだ、こいつのからだぁぁおおっ!?」


 ガチガチに固めた腹筋に鍛えられたわけでもない足で蹴りを放つのは自爆行為に等しい。


 なにより、こんな水が滴り、足場が不安定な場所で撃てば反動で自分がこけるだけだ。


 聖なる魔力が発動するのはなにも股間だけじゃない。


 全身へと力をみなぎらせることもできる。


 グイっと腕を引っ張り、リョーくんの額に軽く頭突きをくれてやる。


「まだ、やるか?」


「ひいっっ!?」


「あっ、待ってくれよ、リョーくん!!」


 手を離してやると、情けない面を晒した彼はどこかへと足早に逃げ去って行った。


 ふん……そんな生半可な覚悟でナンパをするのは今後控えるんだな。


 それよりも俺たちにとって不味いのはギャラリーが集まることだ。


 騒ぎを聞きつけて視線が集中している。


 パコリーヌからにじみ出るフェロモンにあたられたら第二、第三のリョーくんが出てこないとも限らない。


「パコリーヌ。名残惜しいがプールから出て、ショッピングモールにでも……」


「…………」


「……パコリーヌ?」


「――はっ、ご、ごめん! なにかな!?」


 頬を赤らめ、ぼうっとしていたようだが人の多さにでも酔ってしまったのだろうか。


 とにかく、この場から離れた方がいいのは間違いないな。


「ここから出よう」


「う、うん……」


 パコリーヌの手を引いて、関係者専用の出入り口へと向かう。


 更衣室に着くまで、彼女はずっと無言のままだった。


「ふぅ……ここまで来れば大丈夫だろう」


「……ごめんね、みやっち。あーしのせいで貴重な魔力が……」


「気にするな。今のは現代社会だとよくある絡みだ。可愛い女の子と一緒にいたら男はすぐ嫉妬する生き物だからな」


「……そうじゃなくて。あーしのせいかもしれないから。せっかく楽しい時間だったから……」


 どうして自分を責めるのか。そんな確証はどこにもない。


 少なくとも俺はあいつらが勃起している瞬間を確認していない。


 ならば、パコリーヌのせいだと言い切るのは強引だろう。


「……なぁ、パコリーヌ。何か勘違いしていないか?」


 俺はぎゅっと彼女の両肩を掴む。


「俺はパコリーヌと出会わなかったら、友だちと遊ぶ時間がこんなに楽しいと知らずに人生を終えていたかもしれない」


 初めての施設が楽しかったんじゃない。


 パコリーヌといたから素直に楽しめたんだ。


 恨むなんてありえないし、過去をほじくり返すことなんて絶対にしない。


「だから、言うなら、きっと『ありがとう』だ」


 それだけ告げて、俺は更衣室を後にする。


「まだまだ時間はあるんだ。最後まで遊び尽くそうぜ」


「っ……うんっ!」


 何かをすする音の後に聞こえてきた返事は、いつものパコリーヌのものだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



    

「はー……はしゃぎつかれて死ぬかと思ったぁ~……」


「同意だ。こんなにも体を動かしたのはいつぶりかわからない」


 ぐったりとしたパコリーヌがそんな感想を漏らしたのも納得できる。


 プールの一件を忘れるくらいに俺たちは『ワンダフル・ドリームランド』を堪能した。


 でも、いちばん記憶に残っているのはやっぱりウォータースライダーの一件だろうか。


「俺も役得だったよ。パコリーヌの絶叫が聞けるなんてな」


「……べ、別にあーしは怖いなんて思ってないんだからね」


「涙目になっていたくらいだもんな。パコリーヌの泣き顔とか相当レアなもの見れたんじゃないか、俺」


「だ、だから! うぅ……あの時のあーしに列に並ぶない方がいいよって教えてあげたい……!」


 ……と、ウォータースライダーに関してはパコリーヌにとっては苦い体験になったようだが、そのほかの施設も楽しめた。


 プールの後は隣のショッピングモールでブラブラと会話をしながら色んな店を見て回った。


 ゲームセンターで太鼓の〇人を見たパコリーヌが「へぇ……こっちじゃ珍鼓の勃つ人じゃないんだぁ」とか言ったり……。


 店員に気に入られたパコリーヌがその場で着せ替え人形になったり、モデルにスカウトされたり……。


 今の俺とパコリーヌのバッグには、さっき買ったお揃いのイルカのキーホルダーがついている。


 十分に充実した時間を過ごせて大満足だ。


「パコリーヌ、今日はありがとうな」


「ううん、お礼を言うのはあーしの方だよ。ありがとう、みやっち」


「じゃあ、お互いに感謝ってことで」


「ふふっ、なにそれ。変なの」


 パコリーヌはクスクスと笑う。


 今日の思い出で彼女を笑顔にできたのなら、俺も本望だ。


「さてと……名残惜しいけど帰ろうか」


 辺りはすっかり暗くなっている。


 まだ時刻的には余裕があるけど、これ以上遅くなれば心配の種が増えるだけだ。


 俺はパコリーヌの手を繋いで駅まで向かおうとする──が、彼女は動かない。


「……パコリーヌ?」


 何かあったのかと俺は彼女の顔を覗きこむ。


 すると、パコリーヌは顔を真っ赤にして、ボソボソと呟いた。


「……です」


「……ごめん、パコリーヌ。もう一度言ってくれないか? 本当に聞こえなくて」


 スゥッとパコリーヌは息を吸い込む。


 相変わらず小さいけれど、今度こそ俺にも聞こえる声でパコリーヌはこう言った。





「みやっちのことが……大好きです」




 そして、走り寄った彼女は背伸びをして俺の唇をふさいだ。


 初めてのキスは今までに味わったことのない甘い味がした。

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